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表紙

薫る春  11


 やがて、那賀子の親戚の立花親生〔たちばな ちかお〕が、ちょっと不気味な声で尋ねた。
「正式な養女ですか?」
「そうよ」
 那賀子夫人は無邪気に認めた。
「だから、かおるがこの家の跡継ぎ」


 どよーんとした雲が、ホテルのボウルルームのように飾りつけた小ホールを覆った。
 コホンと咳払いをした後、那賀子夫人はさりげなく付け加えた。
「あなた達のことを忘れてたわけじゃないのよ。 普通なら相続には縁のない遠〜い親戚だとしても、いちおう顔見知りなわけだし」
 ちょっとだけ雲が晴れた。 すかさず、那賀子が残りを言い終えた。
「今日来てくれたお礼に、三人にそれぞれニ千万円を生前贈与します。 明日弁護士の酒田さんを呼んで、手続しましょう。 お子さんの学資にでもなさってね。 昨今、子育ては費用がかかるから」
 そして、チャーミングににっこり笑った。
「遺言書は、あえて書きません。 理由はおわかりね」


 なんとも複雑な雰囲気の中で、喜寿の祝宴は始まった。
 まず、紗都が杉本から渡された花束を抱いて、前に進み出た。
 ここでこそ発揮する演技力だ。 淡いピンクの薔薇クイーン・エリザベスに隠した右手首をちらちら見ながら、紗都は声を張った。
「喜寿のよき日を迎えられて、おめでとうございます。 これからますますお元気で、未熟な私を鍛えてください」
 まばらな拍手の中、大きく広がる花束を渡し終えて、紗都はそっとこめかみの冷や汗をぬぐった。
 我先に親戚たちが席を立って、持参したプレゼントを那賀子に差し出した。 立花家は幼い息子の達矢〔たつや〕に持たせ、可愛さを演出しようとした。 すると浪岡家も負けずに、ぶすっとした中学生の知佳に大きな金色のラッピングを押し付けた。
「ありがとう。 まあ、いい子ね。 ありがとうね」
 那賀子は二人の子供に公平に笑顔を向け、上機嫌で受け取った。
 夫婦だけの安田家は、白けた様子で四角い包みをそっと那賀子の横に置いた。 登貴枝の細い目が、こう言っているように紗都には感じられた。
――チビを使って気を引こうとしても意味ないじゃない。 みんな同じ取り分なんだから――









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背景:風と樹と空と
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