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表紙

薫る春  9


 やがて、ケータリング(=仕出し)の連中が部屋のセットを終え、静かに退場していった。
 彼らと入れ違いにベルが鳴った。 母屋と離れは距離があるため、かすかな響きだったが、家政婦の杉本は耳ざとく聞きつけて、小走りで廊下を去って行った。


 やがて彼女が玄関に招き入れたのは、のっぽな男とずんぐりした女、それに指をくわえた男の子の三人連れだった。
 隣りの食堂に入って、那賀子と紗都は大きなモニターで家族を観察した。
「監視カメラを玄関ホールに取り付けてあるの。 ここまで遠いから配線工事の人がぶつぶつ言ってたわ。
 この人たちはね、立花家。 ご主人が親生〔ちかお〕さんで、奥さんが公子〔きみこ〕さん。 男の子は達矢〔たつや〕くん。 五歳よ、たしか」
 立花一族は、那賀子の従兄弟の子だという。 確かに遠い親戚だった。
 それから十五分ぐらいして、今度はニ家族同時に訪れた。 一つの車に同乗してやってきたようだ。
 ソファーに並んで座って、シュークリームをつまみながら、那賀子夫人の説明は続いた。
「赤い服着てるあの人は、あっちの背広の人と結婚してるの。 安田登貴枝〔やすだ ときえ〕と肇〔はじめ〕さん夫婦よ。
 右で揉めてるのは、浪岡〔なみおか〕の人たち。 信一〔しんいち〕・恵美〔えみ〕夫妻に、娘の知佳〔ちか〕ちゃん十四歳。
 登貴枝さんと信一さんが、亡くなった夫の親戚筋なのよ」
 あらかじめ招待客の名前を書いた紙を渡してもらっていたので、紗都はその横に服や顔の特徴をせっせと書き入れた。


 三組の家族をそれぞれの部屋に案内した後、杉本は急いで食堂に戻ってきて報告した。
「立花様は東の続き部屋で、安田様は西。 浪岡様は二階の南側でよろしゅうございましたね?」
「ええ、その通りよ、ありがとう」
 那賀子は優しく答え、思いついて紗都を振り返った。
「そうだ、ついでだから、この子に部屋を教えてやってね。 後回しにすると忘れそうだから」
「わかりました。 どうぞこちらへ」
 ゴージャスなドレスが皺にならないか気にしつつ、紗都は杉本の後に従って、食堂を後にした。










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背景:風と樹と空と
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