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表紙

薫る春  8


 那賀子を見て、準備を進めていた人々の中から二人の女性がこっちへやって来た。
「奥様、こちらが?」
 意味ありげに紗都へ視線を置いたのは、五十代と思われるふっくらしたおばさんだった。
「そうなの。 かおるよ」
 一緒に来た三十代ぐらいのねえさんが、てきばき声を出した。
「標準サイズだからフィッティング簡単ですよー。 ドレスは何色がお望みですか?」
「似合えば何でも。 かおるちゃん、家政婦の杉本〔すぎもと〕さんとコーディネーターの中米〔なかごめ〕さん。 二人と行って、あなたの好きな服をお選びなさいね」
「はい」
 紗都は神妙に答えた。


 家政婦とコーディネーターの二人は、小ホールの奥にある控え室に紗都を連れ込み、次から次へとドレスを見せた。 終いに目が回りそうになったが、紗都は何とかクリーム色のツーピースを選んだ。
 サイズ直しに一時間ほどかかるというので、その間、紗都はホールで細かい点を指示していた那賀子夫人と合流して、『母』である藍子〔あいこ〕の顔かたちや性格、駆け落ち相手の名前と仕事などを頭に叩きこんだ。
「えーと、鈴鹿藍子〔すずか あいこ〕さんですね。 身長が百五十八センチで、顔は丸く可愛らしい、と」
「そう、あなたと似てるわ。 そういう人を頼んだのよ。 藍ちゃんは子供のころ九官鳥を飼ってて、鳥が好きだった。 それと、車に酔う癖があったわ。 それから……」
 細々としたデータが一杯出てきた。 覚えきる自信がなくなったので、紗都は手首に小さくメモって、話題に出たらそっと覗き見ることにした。




 やがて太陽が低くなり、庭で仕事をしていた江田とその親方が、今日の仕事終了の挨拶に現れた。
 五つあるテラスの一つから四角い顔を出して、親方が錆びた声で呼びかけた。
「奥さん、東の庭はあらかた終わりました。 明日も朝の八時半に伺って、西の生垣からやっつけます」
「溝口〔みぞぐち〕さんご苦労様。 江田くんも」
 後ろから首を覗かせた若者は、にこっと笑って頭を下げた。











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背景:風と樹と空と
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