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表紙

薫る春  5


 やがて着いた正門は、薄茶色の引き戸で、意外に庶民的だった。
 若者は、さっさと戸に手をかけて横に開き、すたすた入っていった。 後をついていっていいのかどうか、紗都が迷っていると、彼は五歩ほど進んで振り向き、手で招いた。
「大丈夫。 来なよ!」


 中は壮観だった。 両側には太い幹をした橡〔くぬぎ〕の木が一定間隔できちんと並び、その間をびっしり二列に敷き詰めた石の通路が長く伸びていた。
「きれいだろ? 母屋まで四十五メートル続いてるんだ」
「神社の参道に似てる、ここ」
「俺も最初そう思った」
 広い。 それに手入れが行き届いている。 やがて左手に見えてきた庭は、鯉の泳ぐ池と五葉松、そして築山という典型的な日本庭園で、まんま絵葉書(ポストカードじゃなく)だった。
 屋敷は、道の終点よりやや右に位置していた。 庭にふさわしい和風建築だ。 玄関の戸は開いていて、黒のスパッツにサングラス、スカーフ付きの日よけ帽子といういでたちの中年女性が、前庭でせっせと箒で落ち葉を掃いていた。
 若者は、その女性が目に入るとすぐ大声で呼びかけた。
「お客さん連れてきましたよー」


 女性はすぐに箒を止め、サングラスを取って紗都に顔を向けた。
 長野に言われたとおり、紗都は家政婦らしいその人にピョコンと頭を下げて『役名』を名乗った。
「えと、吉崎かおるです。 奥さんに呼ばれて来ました」
 女性は、サングラスを畳んで、カフェ風のエプロンのポケットにしまった。
 それから紗都に笑顔を見せ、甘い感じの声で言った。
「いらっしゃい。 私が吉崎那賀子〔よしざき なかこ〕。 さあ入って」
 あれ、この人が奥さん?
 お年寄りとはちょっと思えない声と姿に、紗都は戸惑いながら広い玄関に足を踏み入れた。
 背後で、那賀子が若者に話しかけていた。
「江田〔えだ〕くんありがとう。 この子を連れてきてくれて」
 江田と呼ばれた若者の、不思議そうな声がした。
「吉崎って、ご親戚ですか?」
「まあね。 もうお昼休みは終わったの?」
「ええ、これから溝口〔みぞぐち〕さんが東庭のギンモクセイを刈るんで、脚立持っていきます」
「よろしくねー」
「はい」
 元気な返事が遠ざかっていった。











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背景:風と樹と空と
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