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表紙

薫る春  4


「泊まりー?」
「そうなるな、たぶん」
 長野はもう一度紙を見た。
「家は広くて、部屋数はたっぷりあるそうだ。 土日だから、学校のほうも平気だろ?」
「うん、まあ」
「そんな顔するな。 デートなら他の日にしなさい。 なにしろ二日で十万の仕事なんだ」
「えっ?」
 たちまち紗都のくりくり眼がダイオードのように輝いた。
「つまり紗都ちゃんの取り分は六万。 他に交通費を一万出すって言ってるから、うまくやれば六万五千の儲けだ」
「やる! やります!」
 身を乗り出して、紗都はわめいた。


*

 というわけで、四月半ばの土曜日に、紗都はJRの荻窪駅を降り、トコトコと南西の方角へ歩き出した。
 商店街を抜けて住宅地域に入り、三丁目を探した。
「ええと、荻窪三のニの……」
 誰かに道を訊くのが手っ取り早いと思ったが、あいにく昼食時で人通りがほとんどない。 同じ路地を二度回って、長い土塀の続く袋小路に入り込んだ。
 迷ったらしい。  立ち止まって、頬をプッと膨らませたとき、背後から足音がした。 紗都は急いで振り返った。

 歩いてきたのは、アルミの脚立〔きゃたつ〕を肩に載せた若者だった。 首にタオルを巻き、緑の地に黄色のラインをきかせたシャカパンを穿いている。 明るい顔立ちが気さくそうだったので、紗都はためらわずに呼びかけた。
「あの、すいません、吉崎さんってお宅知りませんか?」
 若者は足を止め、すっきりした声で答えた。
「吉崎さん家なら、ここだよ。 この塀の中」
 早智は目を見張った。  なんと、どこまでも続いているように見えるこの土塀が、吉崎家?
「でかっ」
 無意識に言葉が飛び出した。 若者はニパッと笑い、脚立を揺すり上げてまた歩き出した。
「俺も行くんだ。 突き当たりが正門」
「まるで学校みたい」
「うん、普通の小学校より広いかもな」
 紗都は、彼と並んで歩きながら、脚立をチラッと見た。
「大工さん?」
「いや。 庭師の下っ端」
 陽気な答えが返ってきた。









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背景:風と樹と空と
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