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表紙

薫る春  3


「結婚式? それとも、お葬式?」
 紗都が尋ねると、長野は詳しく要望を書き込んだ用紙を見て、チェック個所を指でたどった。
「どっちも違う。 ええと、喜寿のお祝いパーティーらしい」
「喜寿って?」
 まだデスクに張り付いていたスタッフの緑谷〔みどりたに〕が口を挟んだ。
「七十七歳のこと。 常識だぞ」
「うちの父さんはまだ五十二だから、そんなずっと年上のお祝いなんてわかりませーん」
「うちの父って言いな。 ちゃんと就職したときにカッコ悪いから」
「はいはーい」
「返事は一回!」
「はいっ」
 四十過ぎの緑谷と紗都が漫才のような掛け合いをしている間に、長野は用紙をもう一度読み返して、傍へやってきた。
「今度は覚えることがいろいろあるから、メモ取っといて」
 さっそく、紗都はシステム手帳を出して身構えた。
「まず名前。 吉崎かおる」
「吉崎……」
 出された用紙を念入りに見ながら、紗都はボールペンで書き写した。
「年は二十四歳。 紗都ちゃんよりちょっと上だな。 そこで質問。 吉崎かおるの干支〔えと〕は何かな?」
 不意に訊かれて、紗都は頭がゴチャッとなった。
「えーと、今年がネズミ年で……」
「ほれほれ、早く」
「えーっと、去年がイノシシ年で……」
「一年ずつさかのぼっていく気かよ」
 緑谷が笑った。
「十二年で一回りなんだから、二十四年だと?」
「ニ回り……あ、そうか。 ネズミかイノシシなんだ」
「夏生まれだそうだから、亥年だ。 覚えといてくれ。 年配の客は生年月日より何の干支に生まれたか気にするんだ」
「ああ、はい」
「出身地は伊豆の下田〔しもだ〕。 近くの名所なんかをチェックしておいてくれ。 依頼主の孫になりきるんだ」
「何時間ぐらいですか?」
 なにげなく尋ねた紗都は、答えを聞いて固まった。
「まる二日間だな」









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