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 その151 信頼の証し




 なんともいいようのない沈黙の中で、藍音は反射的に手を伸ばして、加藤の手に重ねた。
 彼が振り向いた。 その目には、驚きと衝撃、それに理解が宿っていた。
「気付いてた?」
 声にならない囁きに、藍音も低く答えた。
「母が、そうじゃないかって」
 加藤の顔が、一瞬くしゃくしゃに歪んだ。
 彼が自責の念にどれだけ苦しめられていたか、言葉にするよりずっとはっきりわかる表情だった。
「晶のせいじゃないよ」
 もう片方の手も使って、藍音は彼の指を強く握りしめた。
「偶然だもの。 運が悪かっただけだから」
「おれ、パニクッてて思いつかなかったんだ。 ブログが見つかって、これで無実が証明できるってホッとした後で、突然頭に浮かんで……」
「ありがとう」


 藍音の一言に、加藤はきょとんとして目を据えた。
「え?」
「だって、私を信じてくれたわけでしょう? あそこの家へ行ったことがないって私が言ったのを、本当だと信じてくれたから、あの時に落ちたんだって、そう思ったんでしょう?」
 そう言って、藍音は輝くような笑顔になった。




 半時間後、二人は雲を踏むような軽い足取りで、再び加藤の車に乗り込んだ。 彼の両親が、マンションで一人娘を待つ寿美に一刻も早く挨拶をしたほうがいいと急かしたからだった。
「お母様はきっと心配なさっていたにちがいないわ。 それなのに晶ったら、一度もお目にかかったことがないなんて」
「おい、から手て行くなよ。 なあ美栄ちゃん、おととい作ったクッキーあったじゃない? 干し葡萄の入ったやつ。 あれすごくうまかったから、ちょっと包んで」
「えー? 人様に差し上げるほど立派なものじゃないし」
「手作り上等だよ。 それに近所のおばさんが喜んで食べに来てただろう?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃ、俺の買ってきたメロンもつけようよ」
「そうね。 じゃ、ちょっとだけ待ってね。 準備するから」
 ということで今、加藤は大きな紙袋を車に入れていた。
 影の消えたその横顔を見るともなく眺めながら、藍音は考えた。
──晶のお父さん、お母さんのこと美栄ちゃんって呼んでた──
 いかめしいぐらいに貫禄のある顔立ちからは想像できない。 でも微笑ましくて、心がほっこりした。









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