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 その150 辛い思い出




 それから若い二人はソファーに座り、両親はカウチにくつろいで、しばらく話した。
 内容はもちろん、二人のなれそめとその後の経過についてだった。 説明したのは主に加藤で、藍音は安心して彼に任せていた。
「じゃ、正式に紹介するね。 彼女は藤咲藍音さんで、今二十二歳。 ○○大学を今年卒業して、望月税理事務所に就職したところ」
 父親の昌二が目を大きくして身を乗り出した。
「望月? 優秀なところだよ、確か。 すごいなあ藍音さん」
「いえ、そんな。 所長のお父様が引退されるときに、若手を育てるようにと基金を作って枠を決めてくださったんです。 それが今年からで、運がよかったです」
「そういうことなら、なおさら応募者が詰めかけたでしょう? 運とは思えないな」
 藍音が困って無言で助けを求めたので、加藤はすぐ話を本筋に戻した。
「確かに藍音はできる人だけど、初めは全然そんなこと知らないで、犬を大事にする素敵な子だなと思ったんだよ。 おれが走る時間に、毎朝楽しそうに散歩してたから」
「晶のほうから好きになったんでしょ?」
 母が明るく訊くと、加藤は堂々と認めた。
「当然」
「だよな」
 父親が大きく頷いた。


 それからは、打ち明けるのが辛い段階になった。
 事件のことは、両親ともニュースで聞いていた。 事情を何も知らずに慎ましい生活を送っていた藍音が、突然犯人と疑われたというくだりで、父は驚いて憤慨し、母の美栄子〔みえこ〕は同情で目を赤くした。
「そんな……ショックなんていうもんじゃないわね。 お気の毒で言葉が出ないわ」
 父親は、息子が警察関係なだけに怒りをぶつけるわけにいかず、他のことに関心を移した。
「それにしても、なんで藍音さんの髪の毛が現場に落ちてたのかね? 犯人が何かの手段で手に入れたのかな」
 加藤の表情が、そこで硬くなった。 何かを感じて、藍音は反射的に彼の横顔を見た。
 一拍間を置いた後、加藤は低い声ながら、はっきりと答えた。
「おれのせいだと思うんだ」


 藍音も体を強ばらせた。
──晶、気付いてたんだ……!──
「えっ? どうして?」
 母が叫ぶように言った。 すると加藤は、ひるんで頬を赤らめた。
「その朝、藍音に会いに行ったら、喜んでくれて、それで、ぎゅっと抱きしめたときに、コートかなんかに髪の毛がついたんだと思う」










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