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 その146 父親の帰宅





 照れくさくて藍音が加藤のほうを見ると、加藤も彼女に目を向けて、ニヤッと笑った。
「言われたー。 もう逃げらんないぞ〜」
「誰が逃げるって?」
 藍音がふざけて加藤の腕を軽く叩き、彼も叩きかえした。 その手を引っ張って止めさせようとしたとたん、脇の下をくすぐられた。
 藍音はキャッと小さく叫んで身をよじった。
 そこへ、背の高いがっちりした男性が入ってきた。 存在感のある大きさだ。 急に居間が狭くなったように感じられた。


 すぐ後から顔を覗かせた加藤夫人が、うきうきした様子で紹介した。
「晶の父です。 加藤昌二〔しょうじ〕」
 藍音は素早く立ち上がって頭を下げた。
「藤咲藍音です。 夜分にお邪魔してすみません」
 加藤父の力強い目が僅かに広がって、驚きの色を見せた。 それから低めの気持ちいい声が言った。
「いつでも歓迎ですよ。 ゆっくりしてって」


 着替えのため、父親が部屋に上がっていった後、藍音はようやく椅子に座りなおした。 緊張で、いくらか動悸が早くなっていた。
「立派なお父様ね」
 小声で加藤に言うと、彼より早く加藤母が答えを引き取った。
「見かけだけ。 怖がることないから。 すごい動物好きでね、あの猫のこと、ヤマちゃーんなんて呼んで、めちゃくちゃ甘やかしてるの。
 ほんとは犬も飼いたいらしいんだけど、ヤマちゃんが怒るっていって我慢してるのよ。 まだ四歳だからいつまで生きるかわからないのにね」
「うちは犬飼ってます」
 思わず藍音の声が弾んだ。 動物好きの人には好感が持てる。 特に男性の猫好きは優しい人が多いと聞いたことがあった。
「もとの飼い主が病気で亡くなった後、引き取ったんだよ。 行き場がなかったから」
と、加藤が付け加えた。
「へえ〜、それはいいことしてあげたわね。 でも犬って大変でしょう? 届けなきゃいけないし、予防注射も毎年だし、それに散歩も」
「毎朝五時に起きて、行ってやってるんだよな?」
 どことなく自慢そうに加藤が口を挟んだ。 夫人は眩しげにまばたきして、息子の恋人を温かい眼差しで見た。











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