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 その145 夕食の席で





「晩御飯カレーなの。 ね、カレー食べます?」
 藍音はどきっとした。 今の時間は七時過ぎ。 夕食時にお邪魔してしまった。
「はい。 でも御飯の時間に伺ってすみません。 そんなつもりじゃなかったんですが」
「外でばったり会って、おれが強引に連れてきたんだよ。 彼女、去年までこの近所に住んでたんだ」
「ご近所に?」
 息子そっくりのすっきりした眼を藍音に向けて、加藤夫人は感嘆した。
「こんな可愛い人見たことないわよ」
「近所ったって三丁目と違う。 一丁目のほう」
「ふーん、いつ会ったの?」
「母さん警察官じゃないだろ? おれが警官だろ? 尋問はやめろよ」
「あ、ごめん。 だってまさか、ねえ、汗くっさい道場着着て剣道ばっかりやってた子に、こんな素敵な出会いがあるなんて信じられないじゃない?」
「私も高一までは真っ黒に焼けて、陸上やってましたから」
 そう答えながら、藍音は夫人のムードに乗って、ふんわりした楽しい気分になってきていた。


 カレーと餃子はドカーンと作りおきするのでライオンに食べさせても大丈夫、という夫人の言葉は本当だった。 大きな寸銅鍋にたっぷり入っているのを見て、藍音も遠慮するのをやめ、ご馳走になることにした。
 長時間煮込んだカレーは、実においしかった。 テーブルに冷えたビールやジュース、炭酸水がところ狭しと並ぶ中、三人はなごやかに食事した。
 その席で、加藤は藍音のことを手短に紹介した。
「朝、ジョギングしてるときに知り合ったんだ。 今年の春から税理事務所に勤めてる」
「まあ。税理士さん」
 加藤夫人の目に新たな尊敬の光が宿った。 藍音は急いで訂正した。
「まだです。 試験科目が残ってるので」
「それでもすごそう。 うちの息子はキャリア組じゃなくて、警察学校からの普通採用だけど、それでもいい?」
「はい、もちろんです」
 無意識に、藍音は力を入れて答えていた。


 ほとんど食べ終わった頃、玄関の扉が開く音がして、野太い声が聞こえた。
「ただいま〜」
「あ、お帰りなさい〜」
 加藤夫人がぴょんと飛び上がって椅子を離れ、玄関に駆けつけた。 すぐ、弾んだ調子で話している声が小さく響いてきた。
「ね、晶がとうとう彼女連れてきたの。 もう全然女の子に興味ないみたいだったから、一生結婚しないかなって心配してたでしょ? それがいきなり大本命よ、大本命!」











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