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 その144 家族と対面





 加藤の家は、やはり三丁目にあった。
 そして、四軒見つけた加藤という表札の中で、もっとも東に位置していた。
 前庭の車置き場に入れた後、加藤は藍音を連れて、落ち着いた灰青色の二階建ての玄関に立った。 急なことなので、藍音の心臓は妙な具合にどきどきして、就職オリエンテーション初日より緊張した。
「じゃ、入るよ」
「うん」
「そんな情けない顔すんなって」
「なんか、試験受ける前みたいな気分になってきた」
「しっかりしてくれ」
 半分笑った顔で加藤はそう言い、ぎゅっと手を握ってくれた。
「うちの親はたぶん、全然予想と違うよ。 親父はまだ帰ってないと思う。 だから母親一人だし」
 小声で話している途中で、明るい声が中から響いた。
「どうしたの? 晶? 早く入れば?」
「ただいま」
 負けずに声を張って、加藤は伝えた。
「人連れてきたんだ」
「あ、そう?」
 サンダルか何かをつっかけて、急いで出てくる気配がした。 そしてすぐ、曇りガラスを縦に細く嵌めこんだドアが開いた。


 とたんに、息を呑む音がした。
「うわっ」
 加藤がよろめいた振りをして、ドアの端に寄りかかった。
「やめてくれよ、そんな驚き方」
 ドアレバーを掴んだまま、加藤の母は前に立つ二人を交互に見つめた。
 それからいきなり手を差し出すと、藍音に握手を求めた。
「まあ初めまして、よろしく。 凄いわ、この子が女の人連れてくるなんて!」
 温かく手を握られているうちに、藍音は驚きから醒め、ほんのりと酔ったような喜びを感じはじめた。
「あの、夜分すみません。 藤咲藍音といいます」
「いらっしゃい。 どうぞどうぞお入りくださいな」
 まるで一方的なペースで、藍音は引っ張られるように、加藤家のすっきりした玄関に足を踏み入れた。




 明るいリビングで加藤夫人の顔立ちがはっきりわかると、驚くほど息子に似ていた。 誰が見ても親子と丸わかりだ。
 だが性格はだいぶ違う。 底抜けに明るい。 十二畳ほどの居間も陽気な雰囲気で、レースのカーテンのついた出窓の奥には、丸々とした三毛猫がだらんと寝ていた。
 その猫は、藍音が加藤に連れられて入ってきてもまったく警戒せず、ただ金色の目を半開きにして二秒ほど観察してから、また閉じた。











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