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 その140 口喧嘩の末





 そこで藍音の心に疑問が湧いてきた。
「これ、なんで録音したの?」
 加藤の視線が、すっと逸れた。
「捜査の過程で、こいつがヤクやってるって情報が入って」
「今、麻薬課?」
「いや」
 藍音は口を固く結んだ。
 山路さんって、クスリやるような人だったんだ。
 とても不快だった。 遺産狙いもそうだが、こっちは犯罪だ。 もう顔も見たくなかった。


 そこで、藍音は更に、別の事実に思い当たった。
「この人たちが話してるのが私のことだって、どうしてわかった?」
 フロントガラスに目をすえたまま、加藤はそっけなく答えた。
「山路が言ったから。 君と付き合ってるって」
 藍音は座席から飛び上がりそうになった。
「え? いつ?」
 沈黙が返ってきた。 藍音は無意識に加藤の腕に手をかけ、自分の方を向いてもらおうとした。
「付き合ってなんかない! 何回か食事したし、確かにスケボーへ行ったけど、日帰りよ。 友達感覚ってだけ。 そんな勝手なこと、人に言いふらしてたなんて許せない」
「二人だけでどこか行けば、人はそういう仲だと思うよ」
「どうして?」
 藍音はむきになった。
「男って感じしなかったもの。 院生で時間あるから、ときどき話し相手がほしいときに便利だったってだけで」
 便利? と加藤は口の中で呟いた。
 それから激しく向き直った。
「そんな甘い考えでどうすんだよ! 襲われてからじゃ遅いんだぞ! こいつは絶対それを狙ってたんだ」
「でも何もなかったし」
 藍音は懸命に弁解した。
「最近は全然会ってない。 就職してからは忙しくて、友達に電話するのも疲れちゃって」
 息を切らせながら言い訳している藍音を、加藤の腕がいきなり引き寄せた。
 額が男の胸にぶつかった。 一瞬はっとしたが、そのまま骨がとろけるような幸福感が体を満たし、彼の首筋に顔を当てて目を閉じた。











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