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 その138 夜道の遭遇





 道幅は狭く、歩道を示す白線もない。 藍音は車を避けるため、横の住宅の鉄柵に体を寄せて、背後を振り返った。
 とたんに車はスピードを落とした。 それだけでなく、藍音のすぐ後ろで停まってしまった。
 もう空は真っ暗だ。 不審な動きをする乗用車に、藍音は不安になった。 急いで前に向き直ってさりげなく歩き続けたが、何かあったらすぐ駆け出そうと、背後に神経を集中していた。
 そのとき、声がした。
「藍音?」


 背中がぴくんとなった。
 顎がしびれ、目が前方の暗がりを見つめたまま動かせなくなった。
 まさか……本当に、彼なの……?
 藍音は二歩行ったところで立ち止まり、おそるおそる首を回した。 すると、加藤が運転席のドアを開けて、降りてこようとしていた。
 彼だ。 本物の晶だ。
 どうしても逢いたくて、ふらっと来てしまったのに、いざ目の前にすると、とても信じられなかった。
「……晶?」
 藍音はライト除けに手をかざして、動揺した声で尋ねた。 その声は、自分でも驚いたことに、まったく予期していなかったかのように響いた。


 加藤は二秒で藍音の前に来た。 手は触れないが、息がかかるほどの近さだった。
「引っ越したんだろ? どうしてこっちに?」
 びっくりした藍音は、無意識に目をしばたたきながら見上げた。 すぐ上にある加藤の瞳は黒ずんでいて暗く、表情はまったくうかがえなかった。
「引っ越したの知ってた?」
 加藤の視線がわずかに動いた。
「ああ」
 それっきり、何の説明もない。 沈黙に気おされて、藍音は早口で彼の問いに答えた。
「友達の家に行った帰り」
「送ってくれなかったん?」
「まだそんなに遅い時間じゃないし。 それに送ってもらったら、今度は彼女が一人で帰らなきゃならなくなる」
 とっさに思いついた嘘を並べながら、藍音は良心がチクッと痛むのを感じた。











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