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 その135 いい卒業式





 食べ終わった後で、敦彦は旅行用キャリーバッグから包みを取り出した。 それはなんと、上等な駅弁の包みだった。
「朝早くて、まだ何も用意してないだろうと思ったから」
 ぼそっと言う敦彦に笑顔を見せて、寿美が冷蔵庫に持っていった。
「ありがとう。 お昼に食べようよ」
「それがいいな」
 また戻ってくるつもりらしく、敦彦は普通にそう答えた。


 着替えが済んでから、敦彦が提案して、三人はタクシーで会場に向かった。 藍音の大学は大人数ではないため、卒業式は本校の講堂で行なわれた。
 いざ式が始まると、敦彦には嬉しい驚きが待っていた。 藍音は総代ではないものの、優等で表彰されたのだ。 おかげで、式がとどこおりなく終わり、参加者が庭に出てきて三々五々話し合ったり記念写真を撮ったりしているとき、敦彦もカメラを出しながらどこか誇らしそうにしていた。


 曇り空だったが風はほとんどなく、過ごしやすい一日だった。
 帰りもちょっと贅沢して雇ったタクシーの中で、敦彦はまだ驚きからさめやらなかった。
「あんないい大学で優等賞か〜。 小さいとき元気だったのは覚えてるが、頭も出来がよかったんだな」
「頭そのものっていうより、体力と努力だと思う。 よくがんばったもの」
 寿美が謙遜とも賞賛ともつかない感想を口にした。 すると敦彦は助手席から藍音に向き直り、しみじみと言った。
「家貧しゅうして孝子出ず〔こうし いず〕、っていうの、本当なんかな。 複雑な気がする」
 アパートの保証人になっただけで、母子に仕送りをしなかったことを、敦彦が悔やんでいるのは確かなようだった。




 揃ってマンションに戻った後、三人は駅弁を出して、仲良く食べた。
 そのとき、話題は自然に車内の続きになった。
「自分から転勤願い出して、九州に戻ったから。 頭冷やしたかったんだ」
と、言いにくそうに語る敦彦の横で、円錐形に切り分けた慣れ寿司の一片を、藍音は上手に自分の皿に載せた。
 それから、淡々と口にした。
「ショックだったの、よくわかる。 私も、お父さんの子じゃないと聞かされたときは、吐いちゃったもの」


 両親の顔が、同時に上がった。
 寿美の目がみるみる赤くなった。
「藍音〜、そんなひどい知らされ方だったの?」
「ひどいっていうか、それまでさんざん不安にさせられてたから」
 二人を交互に見て、敦彦は次第に顔を強ばらせていった。
「おい、誰か事情を知ってる奴が、藍音をいじめたのか?!」










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