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 その132 仲良くても




 山路は藍音を新しいマンションまで送ってくれた。 そして、落ち着いた建物の正面を見上げて、感想を述べた。
「新しくて、設備がよさそうだ」
「耐震性でここにしたの」
 藍音は言葉少なに答えた。 あまり詳しく説明したくなかった。


 山路は正面玄関入り口で、あっさり帰っていった。 ただその前に、藍音と電話番号交換するのを忘れなかった。


 十日ほどして、山路のほうから電話があった。 19世紀イギリスの絵本展があって、関係者の友達から券を買わされて困っている、一緒に行ってくれると助かるんだが、という誘いだった。
 読書は好きでないものの、挿絵を見るのは楽しそうだった。 ちょっと気をそそられて、藍音は山路と時間を合わせ、あまり混まない平日の午後に出かけていった。
 それから二人は、ときどき会うようになった。 吹奏楽の演奏会とか、ちょっとした食事、それに藍音が運動好きとわかってからはスノーボードの誘いもあった。 山路はスノボーが上手で、二人は上級コースで思う存分すべり、温泉に入ってご機嫌で日帰りした。


 そんなに始終会っていたわけではない。 早くて一週間、忙しいと二十日以上連絡が来ないことがあった。 しかも、藍音から誘ったことは一度もなかった。
 つまり、彼女のほうは山路との付き合いをデートと思ったことはないということになる。 山路青年は育ちがいいし、学歴もあり、話していると気軽で楽しかった。
 だが、彼に触れたいとは思わない。 ましてキスしたいなんて、まったく望まなかった。


 新居に移った後も、藍音は以前同様に規則的な生活を続けていた。
 朝の五時(冬の間は日の出に合わせて五時半から六時半)に起き、待ちかねたトビーを連れて散歩に出る。 前のアパートとの違いは、エレベーターで降りることぐらいだった。
 猫、兎、小型犬などなら二匹まで飼っていいマンションだから、エレベーターの中や道で他のペット飼いと一緒になる。 次第に犬友が増えて、散歩が楽しくなりつつあった。
 だから山路と会うのが気晴らしになっているにしても、電話がなくて寂しいという気分にはならなかった。









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