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その130 縫いぐるみ
寝室二つと和室つながりのリビング、それにささやかながら独立したキッチンというマンションを、犬のトビーもすぐ気に入った。
畳と小さなカウチしか乗ったことがなかった彼は、バネの効いたコーナーソファーが楽しくて、始終飛び乗ってはクッションを落とし、十四畳のリビングを駆け抜けながら振り回すという暴挙に夢中になった。
せっかく選んだ揃いのクッションがあっという間にボロ切れになりそうなので、藍音は溜息をつきながら近所のペットショップに行って、噛み噛み用の丈夫な縫いぐるみを幾つか買った。
そのとき、意外な人に出合った。
「あれ?」という大きな声を聞いて反射的に振り返ると、どこかで見たハンサムな顔が笑いかけていた。 目が糸のように細くなって、目尻に寄った皺に愛嬌があった。
瞬間とまどったが、すぐ思い出した。 渡部邸の整理をしていたときに会った近所の若者だった。
たしか名前は…… 藍音は忙しく記憶を探った。
「えーと、山路さん?」
とたんに山路青年の顔がクリスマスツリー並みに光り輝いた。
「そう! 藤咲さん、だよね?」
それから彼はいそいそと近づいてきた。 記憶より背が高い。 その上、ジャケットと細身のパンツ姿だと、夏服のときよりずっと引き立って見えた。
そこで藍音は気付いた。 夏よりイカして見える最大の理由を。
「髭がない」
顎一面ににぼそぼそ生えていた髭が、さっぱりと姿を消していた。
山路は照れたように頬をこすり、声を落とした。
「むさいとオヤジに言われたもんで」
その視線が、藍音の持っている人参の縫いぐるみに向いた。
「猫用にしちゃ大きいね。 犬?」
「そう」
短く答えた後、愛想がなさすぎるかなと思い、藍音は付け加えた。
「クッションをみんな噛んじゃうから」
「ああ、うちが前飼ってた犬もそうだった。 エアデルテリアだったけど、君んちは?」
「うちのもテリア。 スコティッシュだけど」
「白いやつだ」
「うん」
ペットの話はなごむ。 二人はすぐ友達口調になっていた。
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