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 その129 正月の日々





 大学四年の終わりともなると、まじめにクラスを取りまくっていた藍音にはほとんど授業が残っていなかった。
 秋の税理士試験二科目の結果は、めでたく合格。 だから年末休みは、自分から申し出て税理事務所に行った。 せっかく夏に教わったことが錆びつくのが嫌だったし、先輩たちとの交流も深めたかった。
 その申し出は正解だった。 同時採用の船戸は、秋からもう実質的に働いていたからだ。 彼はすでに学生ではないので、実働しながら知識を身につけようとしていた。


 短期間なので給与はいらないと言ったのだが、所長はバイト代と交通費を出してくれた。 引越しの話を聞いて、ローンの心配をしてくれたらしい。
「マンション買うのは大変だからな。 君も勤め出したら家に入れるんだろう?」
「はい」
 後ろめたさを感じながら、藍音は小声で答えた。 現金でポンと買ったなんて、とても言えない。
 でも、嘘は答えてなかった。 給料は母に渡すつもりだったから。 棚ボタの遺産とは違い、自分の力で稼ぐ金だ。 ずっとそうやって育ててくれた母への感謝であり、負けたくないという密かな対抗心の表れでもあった。


 そして正月。
 輪ゴムで留められた年賀はがきの束の中に、母は初めて父のものを見つけた。
 印刷された多色刷りの決り文句の後に、二行だけ添えられていた。
『卒業式に招いてくれてありがとう。 藍音によろしく』




 年明け三日目、母が引っ越したと聞いた職場の仲間が、まとまって押しかけてきた。
 アパートにも時々顔を見せた連中で、藍音とも親しく、リビングは臨時の新年パーティーで盛り上がった。
 みんな遠慮はないが足腰が軽く、母子があわてて取り寄せたピザや寿司などを平らげ、カラオケやゲームに興じた後、片付けを手伝ってから陽気に帰っていった。
「思ったより小さいマンションだねーだって」
 クッションを並べ直しながら藍音が苦笑すると、母は笑って答えた。
「うまくいったじゃない? 藍音の言ったとおりだったね。 これぐらいのほうが掃除が楽だし、みんな気楽に来てくれるようになりそう」
「私は歓迎。 賑やかなの好き」
 藍音はそう言ってニヤッと笑った。









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