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 その127 夏の終わり





 努力と根性は充分──嬉しい誉め言葉だった。 藍音は久しぶりに幸せな気分でアパートに戻り、母に報告して喜んでもらってから、二人でお祝いの外食に出かけた。


 具体的な仕事内容を実感できた後は、試験勉強にもいっそう力が入った。 今なお胸の片隅でうずいている喪失の傷を意識しないですむように、藍音はせっせと参考文書を記憶し、模擬テストを受け、次の試験に備えた。
 やがて、夏なのに青白くなったらカッコ悪い、と母に注意された。 心配しているようなことは言わないが、母なりに藍音の心を気遣っていたのだろう。
 それで、高校時代の友達と連絡を取って、何度か遊びに出かけた。 最初は二人だけだったが、クリちゃんというその友達が、初めに行ったスケートセンターが涼しくてアトラクション付きで超絶楽しかった、と友達に電話したため、どんどん仲間が増えて、終いには四人も連れて行く羽目になった。
 みんなの話を聞くのは面白かったし、参考になった。 運動系が主なので、バイトも力仕事が多く、季節がらライフセーバーとか、水泳の講師になっている友もいた。
 彼女たちは、おっとりしているが実は運動万能に近かった藍音が、税理士の道を選んだと知って、びっくりした。
「えーっ、デスクにおとなしく座ってることなんてできるのーっ?」
「できなかったら学校に行けないじゃない」
「だって覚えてるよ。 期末試験のときにストレスたまっちゃって、バスケのコートに走って昼休み中スローしてたの」
「あんときは入らなかったな〜。 五十投げて成功が四十三」
「ちょっとそれ、バスケ部なのにフリースロー・テストに落ちた私への嫌味かい」
「藍音はね、目がいいのよ。 左右の視力がばっちり同じなんだって」
「はあ、バランス取れてるんだ」
 マンゴシェイクを飲みながら、藍音は友たちの顔を交互に眺め、一緒に笑いこけた。
 そして思った。 こうやってバカ話にふけり、体を動かすのが、今の最高なストレス解決法だと。
 たまたま彼女らには恋人がいなくて、色っぽい話題が出なかったのも、藍音には救いになった。




 そのとき、加藤のほうには、別の生活が待っていた。
 夏の終わりに、彼は転勤を命じられ、都内に職場を移すことになった。









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