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 その123 同僚の考察





 加藤の視線や気配よりも、彼の匂いが先に藍音のもとに届いたのかもしれない。 加藤は戸外から扉を押し開け、仲間の刑事らしい男と建物内に足を踏み入れたところだった。 藍音が中にいるうちに風が出てきたらしく、二人のジャケットの裾が軽くはためいていた。


 視線は、合った瞬間、糊でくっつけたように離れなくなった。
 時間にすれば一秒にも満たない内に、様々な感情がめまぐるしく加藤の瞳をよぎった。
 何の心の準備もしていなかっただけに、隠し切れなかった。 驚きと、戸惑いと、そして束の間の喜び。 確かにそれは、彼の目の中にあった。
 だが、藍音が確かめる余裕もなく、加藤の表情はすぐ石のように硬くなった。 そして、ぎこちなく頭を下げると、階段前の空間を避けて、さっと廊下を曲がっていった。


 取り残された同僚は、あっけに取られた顔で加藤の背を見送り、それから藍音に視線を移した。
 藍音は同僚にほとんど気付かなかった。 ただじっと、加藤の立ち去る姿を目で追っていた。




 三宅刑事は、加藤に一足遅れて刑事部屋に入ると、自分のデスクの引き出しを開けてかき回している加藤の傍に行き、自分ではさりげないつもりでデスクの端に腰掛けた。
「なあ、あの子だろ? 例の相続人」
 加藤は顔を上げず、更に勢いよく引き出しの底を探った。
「そうだけど?」
「なんか、予想外だったな〜」
「顔が?」
 投げやりに答えてから、加藤はようやく目を上げて、冷たく同僚を睨んだ。
「そこどけよ。 おまえが上に座ってるんじゃないかよ」
「おっと」
 腰をずらして身軽に降りると、書類をがさがさと積み重ねる加藤に、三宅は微笑ぶくみの声で付け加えた。
「あの子、絶対に訴えたりしないと思う」
「はいはい」
 加藤は相手にせず、書類の肩を揃えてゼムピンで仮止めした。
 三宅はめげずに続けた。
「おまえのこと、ずっと見てた。 恨んだ目付きじゃなくてさ、とっても悲しそうだった」
 









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