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その122 視線の先は
名簿が来るのを待つ間、本部長は当惑を隠し切れない表情で短く説明した。
「実行犯の駒石も明石も、船の件の証拠は全部処分済みだったんですよ。 それを渡部さんがなぜ保管していたのか、よくわからんのですがね」
藍音は目を伏せた。 そして思った。 彼が私に似ていたとすれば、詐欺という行為に良心が咎めなかったわけがない。 いつかは何かの形で償いをしたかったのかもしれないのだ。 体を壊す前までは。
名簿を受け取って、藍音が礼を言って出ていくと、石立本部長はデスクを回って椅子にドンと腰掛け、苦々しげに呟いた。
「あの子の本心は何だ? タヌキオヤジが名簿を取っといたのは、駒石の首ねっこを押さえておきたいからに決まってるじゃないか。 変なことやり出して、ハエみたいに叩き潰されなきゃいいけどな」
名簿をバッグに入れて、藍音はゆっくりとドアを閉め、廊下をひっそりと歩いた。
その途上、入り口が開いている部屋があると、必ず目を走らせた。 晶はどこだろう。 仕事に出ている可能性は高い。 でも逢いたい。 離れていった理由はわかっていると、彼に伝えたかった。 刑事たちの前では言えないことだが。
連なった部屋のどこにも、加藤の姿は見えなかった。 藍音はがっかりすると同時に、心のどこかで胸を撫でおろした。 見たい気持ちと、逢ったらどう反応していいかわからない怖さとがせめぎあっていた。
階段を下りきったところで、足がぐねってよろめきかけた。 そういえば最近、運動らしい運動をしていない。 大学に入ってから、明らかになまった気がする。 高校のときみたいに鍛えなおさなければ。
手始めに近所を走ってみるかな、と考えて、胸がずきんと痛んだ。 明け方の薄暗い道を豹のようにしなやかに駆けていた加藤の姿が、脳裏にくっきりと浮かんだ。
こけた照れかくしに、バッグを引き寄せて歩き出そうとした瞬間、誰かに見られているのを感じた。
その方角に顔を向ける前から、なぜかわかっていた。
そこにいるのが、加藤晶だということを。
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