表紙目次文頭前頁次頁
表紙

 その121 責任を担う





 来週から夏休みが始まるという金曜日、藍音は重い足取りで、しばらくぶりにM署の入り口をくぐった。
 前もって電話しておいたので、すぐ保管係か誰かを紹介してもらえると思ったが、受付に行くと別の部屋を指定された。
 ドアは閉まっていたので、ノックするしかなかった。 すると中から、聞いたことのない声が返ってきた。
「どうぞ」


 扉を開けると、奥のどっしりした椅子に座っていた男性が、すっと立ち上がった。
「本部長の石立〔いしだて〕です。 渡部さんのブログにあった出資者の件を調べているとか?」
「はい」
 立派な制服をまとった石立本部長の貫禄に、内心どきどきしながらも、藍音ははっきりと答えた。
「まあ座ってください。 それで、なぜ出資者名簿を見たいと?」
「ほっとけないからです」
 相手の目を見て、藍音は静かに答えた。
「出資金をお返ししたいと思うんです」


 本部長は、少しの間絶句した。
 それから声を低めて言った。
「あれは犯罪とは認知されてませんが?」
「法的にはそうかもしれないですけど、亡くなった本人が書いていますから」
「あれは小説では? 名前がちがうし、証拠もありませんよ」
「裁判には出さないんですか?」
 本部長は視線を逸らして、低く咳払いした。
「それは検察の管轄です。 わたしにはどうとも言えません」
 たぶん出さないんだろう。 犯人の自白があるし、他に直接的な証拠も探し出しただろうから。
 それでも藍音はもう一度、訊いてみた。
「返していただいた書類には、名簿はなかったんです。 でも私は娘で、親戚に贈られたもの以外はすべて受け取ることになってます。 他の関係者の方には絶対に迷惑かけませんから、ここに残してあるなら渡してもらえないでしょうか?」
 短く息を吐いてから、本部長は最後に説得を試みた。
「もう済んだことでしょう。 今さら波風を立てることはないですよ」
 その口調から、藍音は悟った。 確信はなかったが、どうやら本当に名簿は存在するらしい。 とたんに元気倍増した。
「何かの証拠に置いておかれるなら、コピーでかまいません。 取らせてください。 お願いします」


 結局、本部長は藍音の頼みを入れて、名簿を取りに行かせることになった。 その名簿には、当時の有力者たちが名を連ねている。 できればそっとしておきたいところだが、今や財産家になった藍音が法的手段に訴えたら、ややこしいことになると判断したらしかった。









表紙 目次 前頁 次頁
背景: はながら屋
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送