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 その113 敵か味方か





 いつ実際に金が受け取れるのかと細かく尋ねた後、仏頂面のまま、良樹夫妻はさっさと立ち上がり、別れも告げないまま部屋を出て行った。
 そこで初めて麻衣子が顔を完全に上げて、寿美と藍音を見た。
「ご挨拶が遅れてごめんなさい。 夫がとんでもないことをして、申し訳なく思ってます」
 何と答えていいかわからず、藍音は無言で頭を下げた。 まだ隣にいた龍永が、付け加えるように言った。
「兄貴の態度は、僕からあやまります。 長男だからいつでも一番だと思ってる人でね。 実家の親が亡くなったときも、遺言がなかったんだけど、遺産はほとんど彼が取っちゃった。 自分が同居して面倒見たんだから当然だって」
「先祖代々のお墓もよ。 私は結婚して苗字が変わったからしょうがないけど、龍永にまで分家して他所にお墓作れっていうの。 墓地は広いのに」
「だから今度ももし遺言なかったら、僕達はほとんど何も貰えないかもしれないって思ってたんだ。 名指しでこんなに残してくれて、邦兄いに感謝しなくちゃ」
「身内に優しかったわよね、邦兄さんは」
 二人は同時にしんみりした。 二人とも仕立てのいい服を着てはいるが、良樹夫妻に比べれば最上等というわけではない。 親の遺産相続のときにも不服申し立てしなかったらしいし、穏やかな人柄という印象で、藍音は彼らに好感を持った。
「じゃ、そろそろ帰ろうか。 麻衣ちゃんはこっちで何か用事ある?」
「ううん、すぐ医院に戻らないと」
「もう切符買った?」
「まだ」
「僕も滋〔しげる〕のサッカー予選があるんで早く帰るんだ。 ちょっと奮発して飛行機でっての、どう?」
「あ、それいいわね」
 麻衣子は忙しく椅子から立ち上がり、バッグを取ってから、寿美とも藍音ともつかない相手に低く話しかけた。
「邦浩兄さんが静歌さんと別れたとき、ちょっと噂が立ったの。 だから好きな人がいるのはうすうす感じていました」
「いえ、私は……」
 つられて答えそうになって、寿美は半端に口をつぐんだ。 すると、麻衣子は目をぱちぱちさせて、彼女を見た。
「結婚してらっしゃるのね。 指輪が」
「よしなよ」
 龍永が短く言い、弁護士に声を掛けた。
「お世話になりました」
「いえ。 何かありましたらいつでもお電話ください」
「はい、よろしくお願いします」
 それから彼は藍音を振り向いた。
「三島へ来ることがあったら、連絡してください。 ここに住んでるから」
 そして、藍音に名刺を渡すと、ニコッとした。
「社交辞令じゃないよ。 うちの親は、藤咲さんのじいちゃんばあちゃんなんだから、ルーツを知りたくなったら来て」









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