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 その110 反応は様々





 藍音が前に訪ねたことがあるので、母子はすんなりと高槻弁護士が事務所を置くビルに着いた。
 事務所に入ると、もう到着していた三人の男女が、上等なソファーから一斉に顔を上げた。
 藍音と母を見て、受け付けの女性がわざわざ立ち上がってデスクから出てきた。
「おはようございます。 恐れ入りますが、こちらで少しだけお待ちください」
「おはようございます。 お世話になります」


 案内された母と子が、先客に一礼して向かい側の椅子に腰を降ろすと、灰色の上等なお召しを着た中年婦人が、顎を上げるようにして目を細めた。
「どちら様?」
 横に座った尊大な感じの男性が、藍音をじろじろ見ながら、声を落とさずに教えた。
「警察でちらっと見たよ。 参考人の一人だったんじゃないか?」
 寿美が彼をまっすぐ見て、落ち着いた声で自己紹介した。
「藤咲寿美と、娘の藍音です」
「どうも」
 おざなりに挨拶した後、男性は寿美に視線を移し、無遠慮に言った。
「ここは渡部邦浩の遺言受益者だけが入れるんですがね。 あなた方も関係者なんですか?」
「はい」
 答えながら、この人はたぶん長男の良樹さんなのだろう、と藍音は推測した。 いかにも大企業の重役らしい押し出しのよさで、充分以上に態度が大きい。
 広い場所を取ってゆったり座っている、たぶん夫婦だろう二人の横に、クレープの喪服をまとった小柄な女性がひっそりと座っていた。 うなだれ気味で顔色が悪い。 こちらは夫が殺人犯とわかった駒石麻衣子さんかもしれなかった。
 そこへまたドアが開いて、スタイルのいい男性が一人で入ってきた。 その顔立ちを見て、藍音はハッとした。 似ている。 藍音の『大おじさん』に。
 二列のソファーに腰掛けている五人を素早く眺めると、男性は気持ちのいいバリトンで言った。
「兄さん達、早いね。 それと」
 彼は寿美と藍音に微笑みかけた。
「初めまして、ですよね? 邦浩の弟の龍永です」
 寿美が丁重に立ち上がったため、藍音も続いて立った。
「藤咲です」
「藤咲さん?」
「はい」
 龍永はもう一度藍音の顔に目を走らせた。
 それから、独り言のように呟いた。
「なんか親しみのある顔立ちだよな」









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