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表紙

 その109 告白の後で





 滝のように涙を流し尽くした後で、藍音は母にすべてを話した。
 長い打ち明け話を黙って聞いた母は、まず子供時代のように娘の髪を撫でた。
 それから、考え考え慎重に口にした。
「渡部の家に行ったことはないよね?」
 藍音も子供のようにこっくりした。
 母は、まずギュッと唇を結んでから、低く言った。
「日付からして、初キスのすぐ後に、その加藤さんは犯行現場へ行ったんだよね」
 思いがけない指摘に、藍音は涙で腫れた瞼を上げた。
「そう……なるかな」
「だから藍音の髪の毛が現場に落ちたんだ」


 悲しみに溺れていた藍音の頭が、瞬時に凍りついた。
 その肩に落ちた一筋の長い毛を、母は指で拾って見せた。
「いくらきれいに梳かしても、一日に何十本か毛は抜ける。 加藤さんは、服についたのを知らずに現場に入って、藍音を事件に巻き込んだのよ」
 母は、そのまま娘の髪を撫でながら、静かに続けた。
「めぐり合わせが悪すぎたんだね」
 短く息を吐くと、藍音は母の肩に額をつけた。 そうかもしれない。 いや、他には考えられない。 真犯人の駒石が藍音を知っていて、罪を押し付けたかったとしても、どうやって髪の毛を手に入れられるのか。
 もう一度藍音を強く抱きしめてから、母はゆっくり手を離した。
「向こうの事情はわからないけど、加藤さんはできるだけのことをしてくれたんだと思う。 あんたに対する警察の態度が変わったもの」
「わかってる」
 彼と二人で調べて、真犯人にたどり着いたんだし。
 藍音はそれでも、叫び出したいほど苦しかった。 ついこの間まで彼に頼りきり、二人三脚で身の潔白を証明しようと頑張っていた。 母以外では、完全に信じていたのは彼だけだった。
 その彼が突然目の前から消えて、戻ってこない。 もう二度と会えないかもしれない。
 これは想像以上の喪失感だった。 どんな事情で捜査に巻き込まれたかは、もうどうでもいい。 ただひたすら、彼に逢いたかった。




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 六月の半ば過ぎに、高槻弁護士から藍音と母の寿美に連絡があった。 渡部家を代表して、長男の良樹氏から遺言の開示要請があったため、次の日曜日である二十四日がご都合がよければ、事務所のほうへお越しいただけますか、という誘いだった。
 藍音はすぐ承諾した。 気力だけでなく体力も消耗ぎみで、バイトは半分以下に減らしている。 前よりずっと、時間の自由がきいた。









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