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 その106 宙ぶらりん





 元社長殺害事件が解決したというニュースは、月末のマスコミにしっかり取り上げられた。
 だが、とっくに時効を過ぎた難破船詐欺の話は、どこにも出なかった。 被害者の会社が手を回して口止めしたのだろう。 儲けた金の大部分が会社の再建に使われたとわかれば、隠したいのは当然だった。


 藍音の存在も、世間には知られなかった。 見込み捜査の誤りで、いくらか気が咎めたというのがあるにちがいない。 それに、加藤が聞き出した(と言い張った)情報の取り方に、問題があるのもわかっていた。
 警察の者だと最初から知らせていたから、騙したとはいえない。 だが、恋を仕掛けたのは明らかにやり過ぎで、ひょっとすると結婚詐欺になりかねないのだ。 今では億万長者となった藍音がヘソを曲げて、悪質な情報収集手段として一流弁護士を雇って訴えたりしたら、厄介なことになる。
 だから、警察は藍音をそっとしておいた。 そっとしすぎて、何も伝えないまま、日にちが静かに過ぎ去った。






 六月に入って間もなく、高槻〔たかつき〕という男性から、藍音に電話がかかってきた。
 彼は長年、渡部邦浩氏の顧問弁護士をしていたと自己紹介をし、重要な案件でお話したいから、ぜひお会いしたいと申し出た。
 藍音は重い気持ちで、代々木の一等地にあるという高槻の事務所に行く約束をした。 すると彼はほっとした様子で、更に付け加えた。
「それからですね、八日に渡部氏の密葬が行なわれるそうです。 ただ一人のお嬢さんである藤咲さんが、本来なら喪主になるべきなんですが、実は正式な遺言の発表まで知らせてはいけないと、渡部氏に言われていまして」
「そうですか」
 機械的に応じた後で、藍音は思いついた。
「場所は静岡で?」
「いえ、こちらです。 えぇと、長男の良樹さんが主催して、親族の方たちで」
 高槻は、会場も教えてくれた。 良樹の知り合いが経営している、北区のモダンな斎場だという。
 藍音は考えた。 しめやかな葬儀の最中に、親族の知らない故人の娘が不意に現れて、しかも財産を相続してしまうとわかったら、彼らはどう思うだろう。
「それは故人の兄弟の方がやる式ですから、私たちは、私と母は無理に参列しないほうがいいと思います。 私たち二人で、ご冥福を祈ります」
「ああ、そうですね」
 高槻は納得した口調になった。










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