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表紙

 その102 留守電のみ





 アパートの階段下に、道具入れの倉庫部屋がある。 藍音はわざわざ二階から降りて、その部屋の前に立ち、人目を忍ぶかっこうで携帯を手に取った。
 加藤の番号にかけると、すぐ異変に気付いた。 留守録に切り替わったのだ。
 しびれるような落ち込みを味わいながら、藍音は少し待ってもう一度かけてみた。
 結果は同じだった。


 やっぱりばれたんだ。
 そうとしか思えなかった。
 藍音は携帯を消すのも忘れ、よろめいて倉庫部屋のドアに寄りかかり、額を押しつけた。
 加藤のやったことは、警察組織に対する明らかな背信行為だ。 表面に出たらそれだけで、厳しい処分になるはずだ。
 まして容疑者と元から知り合いで、恋仲だったなんて知られてしまったら!
 私が晶をつぶした。
 そう思うと、じっとしているのが辛すぎた。 なんとかできないだろうか。 みんな私のせいなのに、なんで晶がひどい目に遭わなくちゃならないのか。
「電話して」
 藍音は無意識に、うわごとのように呟いた。
「携帯がだめなら公衆電話からでも。 お願いだから」
 彼を庇いたくても、事情がわからないと逆効果になるかもしれない。 
 そこで気付いた。
「そうだ、私が公衆電話からかければ」
 今すぐ外に駆け出したいが、財布を持っていなかった。 まず晩御飯を食べて母を安心させ、その後そっと抜け出そう。
 藍音は重い足取りで、階段を上がっていった。




 藍音の計画は、結局うまくいかなかった。 娘が日頃の落ち着きを失っているのに気付いた母が、遅くなってからの外出に反対したのだ。
「なんだか息が上がってるし、顔も赤いわよ。 風邪ひいたんじゃない?」
 藍音はあわてて打ち消した。
「そんなことない。 寒気もないし」
「ともかく、今夜は出ないで。 明日でもできることでしょう?」
「まあ……そうだけど」
「じゃ、日曜にゆっくりとやんなさい」
 そう言われてしまうと、反論できなかった。


 その夜、藍音は悪夢にうなされて、なかなか深い眠りに入れないまま、朝を迎えた。









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