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その101 まさか彼が
藍音が狭い玄関に下りてドアを開けると、二人の刑事が素早く警察手帳を出して身元を証明してから、中に入ってきた。
「北山と関〔せき〕です。 被害者の渡部邦浩さんから手紙が届いたという情報を得ましたので、見せてもらいたいんですが」
穏やかな声を出す関という大柄な刑事が、リビングの椅子から立ち上がりかけている寿美に目礼した後、すぐそう切り出した。
藍音は反射的に、ぎゅっと目をつぶった。
ヘルパーの三島さんがしゃべったんだろうか。 そうなると晶が、彼の立場が、大変なことになる……!
母がテーブルを回って、食器棚の引出しから問題の手紙を取り出し、玄関にやってきた。
「これです」
「どうも」
関は飛びつくように封筒を受け取ると、便箋を引き出した。 もう一人の北山刑事も、横から覗き込んだ。
一通り読み下した後、刑事たちは頷き合い、前に立つ藍音の方を同時に見た。
「これが被害者の最後の手紙になったようですね」
「たぶん」
「事件に関係あるものは、すぐ提出してほしかったですが、ご遺族ということで大事に取っておきたい気持ちはわかります。 では、これは証拠としてお預かりします」
「あの」
こらえきれなくて、藍音は問いかけた。
「この手紙のことは、誰から?」
刑事たちは顔を見合わせた。 それから、これまで黙っていた北山刑事が、重々しく言った。
「ご協力ありがとう。 これが真犯人につながることを願っています」
関も言葉を添えた。
「本当にご協力感謝します。 それじゃ」
「なんか歯に物が挟まったような言い方ね」
二人の刑事がサッと帰っていった後、母が呟いた。
藍音は黙ってドアを閉じ、そのまま寄りかかった。 胸のざわめきはさっきより大きくなり、喉のあたりまで不快感がせりあがってきた。
警察は、手紙の存在を知らせたのが誰か、言おうとしなかった。 職業上の秘密といえばそれまでだが、言葉が前よりぐっと丁寧で、どこか後ろめたそうな感じがしたのは、気のせいだろうか。
話したのは誰? 三島さん? それとも……。
彼に違いない。 頭の中では、藍音にもわかっていた。 三島が手紙の内容を知るわけはないのに、刑事は何が書かれているか予想していた。 顔を見合わせて頷きあったのが、その証拠だ。
「あの人たち、ちゃんと帰ったかどうか見てくる」
そう言い残して藍音が不意に玄関を開けたので、母はびっくりした。
「ちょっと! 御飯食べようよ」
「すぐ戻るから」
藍音はポケットの携帯を探りながら、後ろ手にドアを閉めた。
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