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表紙

 その99 やむを得ず





 加藤がノックして部屋の中に入ると、稲本課長は立ち上がって自らドアを閉めきり、二人だけになった。
「座れ」
「はい」
 両方が席についてすぐ、課長は射ぬくような目付きで加藤を見すえた。
「おまえ一人で、何こそこそやってるんだ?」


 加藤はゴクリと唾を呑んだ。
 いよいよ来た。 怖れていたときが。 勝手に単独捜査をしているのが、遂にばれてしまった。
「山口の役所に、沈没船の引き揚げについて問い合わせたそうだな。 答えた後で心配になった係員が電話してきたぞ。 M署に加藤っていう刑事さん本当にいますかって」
 もうごまかせる段階ではない。 加藤は一瞬で心を決めた。 そして、落ち着いた表情を作って顔を上げ、まっすぐ上官の目を見つめた。
「勝手な行動を取って申し訳ありません。 実は、藤咲藍音を車で家まで送っていったときに、コナかけてみたんです。 彼女がホシだと信じてましたから、個人的に仲良くなれれば、いつかボロを出すかと思って」
 課長の口が、ぽっかり開いた。 こんな告白は想像もしなかったらしい。
「おまえが、何だって?」
「内偵みたいなこと、してみたんです」
「おいちょっと待て」
「ダメもとで同情したら、相手が乗ってきたんですよ。 一人ぼっちで心細かったんでしょう。 電話番号教えたら、かけてくるようになりました」


 稲本は絶句した。
 それから、机に両手をついて立ち上がると、大きく首を横に振った。
「おまえ、そんなタラシか!」
 加藤の胸が鈍く痛んだ。 こんな白々しい嘘は、できる限りつきたくなかった。 しかし、藍音から得た重要情報は、いつか捜査本部に伝えなければならない。 そのとき自分がどうすべきか、彼はだいぶ前から心を決めていた。
「どうしても落としたかったんです。 マル害(=被害者)は、引退したといっても大企業の元社長で、社会的影響が大きいですし」
「解決できれば大手柄って思ったわけだな」
「はい」
 努力して、なんとか力強い声を出せた。 









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