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その98 嫌な呼出し
深夜に頭と気を使いすぎたせいで、翌朝は猛烈に眠かった。
それで藍音は、六時過ぎに母に起こされても、むにゃむにゃ言っただけでまた布団の奥にもぐりこんでしまった。
「起きなさいよ。 遅れるよ。 だから昨夜言ったじゃない。 あんなに夜更かししたら朝が大変だって」
掛け布団の下から、藍音は寝ぼけた声を返した。
「今日はいいの。 休講だって」
「なんだ」
バッグをかかえて、母はぼやいた。
「こっちなんか休日出勤なのに、いいご身分だ」
もう辞めてのんびりしても大丈夫じゃない? と口に出かけた。 だが藍音は黙っていた。 母はまだ五十代前だ。 それに会社ではベテランになって頼られていて、居心地がよさそうだ。 本当に疲れた様子になったら、そのときに勧めよう。
午後になって、加藤から待ちかねた電話があった。 だが内容は満足できるものではなかった。
「山口県に法人名で申請されてたんだ。 代表は明石三千男という男だったが、去年の十一月に死んでる。 交通事故で」
「去年……」
藍音は気落ちした。 そんな前に命を無くしていては、渡部邦浩を襲えない。
「その人の経歴、わかった?」
「ああ、地元で観光会社を経営していた。 評判はよかったらしいが、今のご時世でやりくりは苦しかったようだ」
「渡部さんとどんなつながりがあったんだろう」
「そこはこれから調べてみないと」
「その人の頭文字も、Tじゃないね」
「うん」
二人とも、声が低くなった。
その日の午後、加藤が渡部の部下だった吉満という男性の調査を終え、元宮と連れ立って帰ってきたところへ、同年輩の河瀬という刑事が声をかけた。
「加藤、稲本課長がお呼びだ」
デスクに向かいかけた加藤は、驚いて足を止めた。
「おれ? 何の用かな」
「さあな。 なんか怖い顔してたぞ。 この辺に」
と、額のあたりを指差して、
「皺がごっそり寄ってた」
半分面白がっている河瀬のからかいにしかめっ面を見せて、加藤は戸口に引き返した。
胃の裏側が、迫り来る不安によじれた。
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