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表紙

 その95 匿名の物語





 結果を明日聞かせてくれと言い残し、母はまた布団にもぐりこんで、眠りに落ちた。
 藍音はジャージの上に春用カーディガンを引っ掛け、部屋の端に置いたノートパソコンをつけて、大きな画面でじっくりブログに目を通した。
 ときどきメモを取りながら読み通した内容は、外国映画のように浮世離れしていた。


 室町時代に明と貿易していた勘合貿易船が、日本海の荒波に沈んだ。 その船は明から戻ってくる途中で、銅銭や絵画、掛け軸などと共に、高級な銀細工の香炉や唐時代からの貴重な陶器などを山のように積んでいたという。
 その船が奇跡的に、海底の柔らかい地盤にふわりと沈下しているのが発見された。
 積荷の中でも腐らない物はほとんど無傷で、回収されるのを待っているというクチコミの噂が流れ、主に富裕層が申し込んだ。
 当時はバブルが弾け、土地という投資先を失った人々が新しい当てを探していた時期だった。 詐欺を思いついたTという男は、申し込み一口の金額を微妙に押さえ、たとえ引き揚げに失敗しても、投資家が残念だったで済ませられるぐらいにしていた。


 Tは集めた金の一部で、実際に引き揚げ作業を開始した。 そして、発見した精緻な銀細工と陶器を数点、資金提供者たちに見せた。
 これで冒険好きな実業家の一部が盛り上がり、投資は更にふくらんだ。
 作業は、部外者に荒らされてはいけないという理由で、秘密にされていた。 別に誰も怪しまず、二回目の潜水でまたいくつか貴重な積荷が見つかった。
 その後、低気圧が来て、三回目は順延になった。 そして間もなく台風が訪れ、海底が乱れて新たな引き揚げは難しくなったという報告がなされた。


 海底捜索の許可は、ちゃんと出ていた。 途中で挫折するのも、ありがちなことだ。 投資家たちはがっかりしたが、訴える者はいなかったし、詐欺罪が成立するには証拠が足りなかった。
 で、結局事件にはならず、出資金はほぼ全額、Tとその後援者Mの物になった。




 二度読んで、藍音は暗い気持ちでボールペンを置いた。
 陰の後援者Mが、きっと渡部なのだろう。 Mは金のない主犯Tに資金を出してやり、本物の銀製品や陶器を貸して、目くらましに使わせた。 そして、金持ちグループの会合でさりげなく噂を口にして、話を広げた。
 Mは自分では一度も表に出なかった。 実行したのはすべてTで、二人は利益を山分けにしていた。











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