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 その94 母に告げる





 二度揺すぶられて、母の寿美はようやくうっすらと目を開け、まぶしそうに娘の顔を見上げた。
「まだ寝てないの〜?」
「渡部さんの手紙の謎が解けた!」
「え?」
「ほら、つまんない俳句が書いてあったでしょう? あれ、やっぱり暗号だったの」
 母は大して感銘を受けないで、早くも寝返りを打とうとしていた。
「わかんないけど、明日にして。 朝ゆっくり聞くわ」
「だめ」
 藍音は母の腕を捕らえて、引っ張ってしまった。
「頼む、寝ないで」
 そして、不機嫌そうに目をこすっている母に、携帯の画面を差しつけた。
「ここにね」
「見えないよ、字が小さくて」
 急いで引き伸ばしたが、そうすると字数が少なくなってやはり読みにくい。 藍音は口で説明することにした。
「昔のことが書いてあるらしい。 小説の形にしてるけど、ほんとにあったことみたいで」
「何がほんとだって?」
 一瞬つっかえてから、藍音は言った。
「難破船詐欺、みたいなの」


 詐欺〔さぎ〕、という言葉が頭に染み込んだとたん、母は飛び起きた。 顔色が青くなっていた。
「何……?」
 今更のように緊張して、藍音はぎこちない早口に変わった。
「まだ初めのとこをちょっと読んだだけなんだけど、ほら、書いてあるでしょう? "金策のため、幻の難破船をかたって引き上げ費用を募集した話"って」
「幻の難破船……」
 母は絶句して、また目をこすった。
「渡部は育ちがよかったし、ずっと財産家だったわ。 それに、石橋を叩いても渡らないってぐらい用心深い人だった。 彼が詐欺なんて危ないこと、するとは思えない。 ただの小説なんじゃない?」
「こんなにがっちり隠してたのに? パスワードかけた上に、別の死ぬほどつまんない話を書いて、その後に入れてたんだよ」
「じゃ、あんたの言うことが正しいとしよう」
 母は布団の上にきちんと座りなおした。
「渡部はその引き上げ詐欺に加わってたわけ?」
 藍音は口ごもった。
「わかんない。 まだ少ししか読んでない」
「じゃ、最後まできちんと読みなさい」
と、母はきっぱり命じた。











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