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 その91 心配の種は





 電話を切った後で、藍音は今更ながら不安になった。
 宝の山のような通帳類を、小さな金庫に入れたままで、まだ無防備な棚の奥にしまっているのだ。 警察から情報が漏れることはないはずだが、よく親子そろって留守にしているから、空き巣が入らないとは限らない。
 こういうとき、トビーの存在は心強かった。 小型犬ではあるが、トビーは活発で気が強い。 泥棒が入ったら、大声で応戦してくれるはずだ。
 でも、吠える彼を傷つけるような悪党だったら……。 トビーが血を流して倒れている場面を想像して、藍音は背筋が寒くなり、近場で貸し金庫の設備がある銀行を、あわてて携帯でググり始めた。


 その電話以来なにごともなく、数日が過ぎていった。
 相談の結果、母が早退して二人で駅近くの銀行に行き、通帳を無事に預けて、胸を撫でおろした。
 全部まとめて入れてしまったため、すぐには使えなくなったが、誘惑が遠ざかって、これでよかったと、藍音は思っていた。
 加藤からは二度、短い連絡があった。 静岡の親戚たちには、特に不審な点はなかったという。 ただ、世の中が不景気だから、彼らの事業にも浮き沈みはあった。
 長男の良樹には、定年退職が迫っていた。 また、三男の龍永の食品会社は、一部の材料が高騰して困っているという噂が流れていた。 だがどちらも、個人的に金がどうこうという話ではない。 麻衣子の眼科医院の評判もよく、建物を改築する計画が持ち上がっていた。
 調査結果を聞いて、藍音は複雑な気分ながら、安心を感じた。 やっぱり犯人は親戚じゃない。 身内を責めなくていいので、ホッとする気持ちだった。




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 五月の半ばまで、それっきり警察から音沙汰はなかった。
 藍音は毎日、渡部からの手紙を取り出しては、謎を解く手がかりがないか頭をひねった。
 ミクロな珊瑚=396735
 加藤の言う通り、この六桁の数字を表しているらしい。 では、大空に、は?
 オーはゼロとも読める。 オー・オーでゼロゼロ? ソラはクウや空っぽとも解釈できるから、これもゼロ?
 じゃ、0002396735なんだろうか。
 長ったらしい十桁の数を、藍音は口をとがらせて眺めた。 どこかで切るのかもしれないし、最後の『雲浮かぶ』のアタマが9なら、もう一桁つながるのかもしれないが、何の意味があるのか、どこに使うのか、さっぱり思いつかなかった。


 十七日になって、三日ぶりに加藤から電話がかかってきた。 夕方だったので、藍音はすでに大学から戻っていて、税法の課題に取り組んでいるところだった。
「あ、俺。 車の中に一人でいるんで、何でもしゃべれる」
「元気?」
「身体は元気だよ。 調べがもたもたしてるから、気持ちは行き詰まってるけど」
「声が聞けて嬉しい。 でもほんとは会いたいな」
「俺も! 藍音の顔見たいし、満足に走れないし、ストレス溜まってしょうがないよ」
 そこで声の調子が少し上向いた。
「だけどちょっとだけ、新しいことがわかった。 渡部さんのヘルパーいただろ?」
「うん、三国さんね」
「そう、もう一度話を聞きに行ったとき、尋ねてみたんだ。 手紙を出すの頼まれたかって」
 そうだ、死後に来た例の暗号の手紙! 藍音は思わず声を大きくした。
「三国さんが出したの?」
「そうなんだ。 事件の前に渡されてたんだって。 で、あの日に出そうと思って持ち歩いてたら、あんな騒ぎになったから、すっかり忘れてて、後で上着を洗濯しようとして気がついたんだ」
「それから投函したのね?」
「忠実な人でね。 頼まれたことはきちんとやるっていう習慣がついてて。 渡されたのが前日だし、証拠品になるとは思わなかったらしい」











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