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その90 身近な疑惑
「それでさ、俺また三島まで行くことになった。 前に調べた親戚たちを再調査するんだと」
「あやしいの?」
「いや、特には」
「みんな立派な仕事してるんでしょう?」
「そうだけど、藍音が万一有罪になって相続権を失ったら、彼らが被害者の財産を分け合うことになるから」
ああ、そうか。
藍音は箱根の近くに住む、まだ見たことのない親戚たちのことを思った。 渡部邦浩は秘密主義だったという。 彼がどんな遺言書を残したか、親戚たちは知らなかったにちがいない。
「まさか謎の娘にほぼ全財産を残すなんて思ってなかったでしょうね。 その人たちも沢山もらえると考えてたでしょう」
そう答えながら藍音は、彼らが何の関係もないことを、強く願っている自分に気付いた。 実の父の兄妹たちには、こんな浅ましい事件に関わってほしくない。 もともと金持ちなのに、更に財産を求めてガツガツしてほしくなかった。
翌日、藍音は授業がなかった。 三年までに頑張って単位を取りまくったから、残りは少ない。 時間的に余裕があった。 四年で大事なのは専門分野のクラスと、卒論のゼミぐらいだ。
だから午前中に地元の薬品ショップへ出て売り子のバイトをするときも、気持ちにゆとりが生まれた。 その日は夏を控えての特売セールで、春物の大安売りと、日差しが強くなるこれからの季節に備えて、日焼け止めなどの先行特売を行なった。
午後にはもともと仕事を入れていなかったため、藍音は軽いフットワークで家に戻り、お昼に何食べてきたの? と盛んにクンクンするトビーを相手に、しばらく遊んでいた。
そこへ電話がかかってきた。 M署の栗田です、という聞きなれた声が耳に入ってきたとたん、藍音は一挙に落ち込んで、声が強ばった。
「はい……」
「一つだけ質問があるんですけどね」
一つだけ。 ということは、警察へわざわざ行かなくていいんだ。 藍音は少しホッとした。
「はい」
「渡部邦浩さんがあなたに生前贈与した金額ですが、全部でいくらです? 正確なところを」
急に尋ねられて、藍音はとまどった。
「ええと……よく見てないので。 たぶん六億か、七億ぐらい?」
生命保険も入れれば、更に多い。 藍音は口がもつれそうになった。
電話から、栗田の鼻息が伝わってきた。
「浮世離れしてるね〜あんた達。 いくら貰ったか数えてもいないの? 二十年刑事やってるけど、あなたとお母さんみたいな人に会ったのは初めてだよ」
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