表紙目次文頭前頁次頁
表紙

 その89 謎の黒い影





 立派な金庫が二つもあるのに、その上ちょっとした納戸ぐらいある隠し部屋まで……。
 渡部さんは、秘密にしたい何かを山のように持っていた──藍音はざわめく不安を感じた。
 大きな企業の最高幹部なら、表に出せない事情がいろいろあっただろう。 それがもし、犯罪につながるものだったら。
 まさか黒社会と関係ないよね。
 心配で心臓が締めつけられた。 藍音は素早く考えを巡らせて、自分を安心させようとした。
 渡部さんは社長を引退してから、ずいぶん経っている。 会社関係で誰かに消されるなら、辞めてすぐ後のはずだ。
 じゃ、いったい何なの? 渡部さんは何を怖がっていたの?


 長く悩んでいたようだが、実は数秒もかからなかった。
 それでも加藤には無言の時間が長かったらしい。 藍音を気づかって早口になった。
「どうした? なんか思いついた?」
「いえ……ただね、渡部さんは会社の最高責任者だったわけだから、会社を守るためにいろいろあったんじゃないかと」
「言えてる」
 加藤はフンッと鼻息を漏らした。
「藍音の思ってるとおりだよ。 今ごろになって本部は迷い出して、そっちへ方針転換しようとしてるんだ。 藍音が犯人だと決め付けすぎたんだな」
「ほんとにそうだといいんだけど」
 藍音はまだ安心できなかった。 捜査対象が広がったというだけで、彼女への疑惑そのものは晴れていない。 有罪だという証拠はないが、無罪と言い切れる確実なアリバイも、又ないのだから。
 灰色か〜。 いやな気持ちだった。


 加藤は不機嫌そうに話し続けていた。
「だからもっと早くに周辺捜査にかかってりゃよかったんだ。 ずいぶん出遅れたよ」
「長く社長をしてたんでしょう?」
「十五年半」
「わあ……」
 十年一昔というから、その1.5倍の月日にどれだけ沢山のことがあったか。 藍音は思わず警察に同情してしまった。
「渡部さんは凄い切れ者だったらしいよ。 四十台前半という若さで抜擢されて、傾きかけていた会社を立て直して、あそこまで大きくしたんだって」
 加藤の誉め言葉を聞いて、藍音はうっすら誇らしさを味わった。 産みの父という実感が、次第に意識に染み込んできたためかもしれない。
















表紙 目次 前頁 次頁
背景: はながら屋
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送