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 その88 俳句の中に





 藍音の用意した夕食を二人で取り、更に少し話し合った後、母は疲れを訴えて、風呂を使うと早々に寝てしまった。
 一人になった藍音は、パジャマにジャケットを羽織った姿でカウチに座りこみ、携帯を取り出した。
 時間は十時を十五分過ぎたあたりだった。 呼び出し音が鳴るか鳴らないかのところで、パッと加藤が出た。
「手紙、読んだ?」
 よほど気になっていたらしい。 挨拶抜きでずばりと来た。
 藍音も準備していた。 広げてあった手紙を持って、こちらも前置き抜きで読み上げた。
 一枚目を終えたところで、少し間をあけると、加藤が穏やかな声で言った。
「やっぱりサシで藍音に会いたかったんだな」
 驚いたことに、彼に優しく言われると藍音は目頭が熱くなった。
「今になると、私も生きてるうちにもう一度会いたかったと思う。 ほんの子供のときに、ちょっと遊んでもらっただけじゃ、どんな人だったかわからないし」
「ヘルパーさんの話だと、渡部さんはじわじわと弱ってはいたが、ここに来て急に悪化したわけじゃなかったらしい。 だから、君たち親子に会いたかったのは、身体が弱ったからじゃない」
「危険が迫っていた?」
「おそらくな。 手紙はそれで終わり?」
「ううん、もう一枚ある」
 そう言って、藍音は後半を読んだ。
 すると、加藤は途中で遮って頼んできた。
「今の俳句、もう一度。 メモする」
「はい。 大空にミクロな珊瑚の雲浮かぶ」
「中の句はわかる」
「え?」
「数字だ。 ミクロな珊瑚、396735」
「ああ……えっ? これって暗号なの?」
「そうだろ。 だって不自然だよ、ミクロな珊瑚の雲って」
 藍音はにわかに緊張した。
「私とお母さんに、何か伝えたかったってことね」
「そうだな。 隠し金庫の番号…… っていうか、あれ以上隠す必要あるのかな。 それとも」
 加藤のほうは活気づいた。
「例の隠し戸棚の秘密とか」
「開け方わかった?」
「ああ、二時間がんばって、やっと」
 成功した割には、あまり嬉しそうではなかった。
「引くように見せて、実は押すんだった。 それも少しだけ。 そうすると角の枠が外れて、棚が横に収納される。 横にだぜ、まったく。 逆転の発想だよな」
「それで?」
「それでって、それだけ。 わくわくして開けたら、中には四畳ぐらいの空間があった。 でもほんとの空間。 つまり空っぽ」
 加藤のがっかりした口調に、藍音も少し落ち込んだ。
「惜しかったね。 いい推理だったのに」
「何か入ってたとしても、よそへ移した後だったんだな」













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