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その86 手紙の内容
「ただいま」
母はそわそわした様子で入ってきて、迎えに出た藍音にまずそう言った。
それから後ろを向き、きちっと鍵をかけて、うっかり開かないか二度確かめた。
バッグからハンカチにくるんだ手紙を出すと、火傷でもしそうに大急ぎで藍音に渡してから、母は小声になった。
「着替えてくる。 先に開けといて」
中を見るのが怖いんだ。
自分もそうだから、藍音には母の気持ちがよくわかった。
表から見て、封筒には特徴はなかった。 普通の白い二重封筒で、印刷してあるのは郵便番号枠だけだ。 藍音は鋏を持ち出して、切手や消印、中身を傷つけないように上の部分を細く切り取った。
取り出した便箋は二枚だった。 きちんと四つに畳んであって、出した人間の几帳面さがうかがわれる。 開こうとして藍音はためらい、カウチに座って母が寝室から出てくるのを待った。
やがて母が、ざっと化粧を落とし、普段着に換えて現われた。 そして、小声で尋ねた。
「読んだ?」
藍音は首を振った。
「一緒に読もう」
なんだ〜、と、母はがっかりして呟いた。
「先に読んでから教えてくれればいいのに」
「だって私、事情知らないんだよ〜。 お母さんに教えてもらわないと、書いてあることがわからないかもしれないし」
「いいよいいよ」
ちょっとふてくされて、母は藍音の隣にドシンと座った。
「さあ開けて」
カサカサと音を立てながら藍音が広げた便箋に、母子の頭が集まった。 すると、おいしい食べ物を秘密で分けているのかと思ったらしい。 トビーがしゃしゃり出てきて、毛むくじゃらな顔を二人の間に割り込ませ、黒い鼻をクンクンさせた。
これで重い空気がなごんだ。 藍音は半分笑いながら、テーブルの小引き出しに入れているジャーキーを取って、窓の傍まで投げた。 トビーは大喜びで、乾燥肉を追って走っていった。
その間に、二人は文面に目を走らせた。
『拝啓
突然手紙を出す失礼を許してください。
寿美さん、貴方と固く交わした約束を守り、これまで余計な干渉をしないように心がけてきました。
しかし、小生も年齢と共に体力が弱り、持病も悪化してきました。 ついては、一度で結構ですから、二人そろって拙宅に来てもらえないでしょうか。
この願いが叶えば、この世に思い残すことは何もなくなります。 話し合った末に、二人が望まないなら秘密は必ず厳守します』
これが、一枚目の内容だった。
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