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 その85 新たな希望





 加藤は一瞬息を詰まらせ、それから激しく吐き出した。
「手紙?」
「そう。 私とお母さんの両方に宛てた」
「二通ってこと?」
「ううん、一通に宛名が二つ」
「そうか……」
 加藤は問いを畳みかけた。
「中身は?」
「まだ開けてない」
 期待を外されて、電話の向こうで加藤がつんのめりかけるのが、見えたような気がした。
「初めて藍音に父親の名乗りを上げるつもりだったんじゃないか?」
 そうかもしれない。 だが、遅かった。
 遅すぎた。 なんで命を失って一週間ちかく経ってから手紙が来るのか。 郵便制度はしっかりしていて、だいたい二日あれば届くのに。
「手紙はお母さんが持ってるの。 今夜ふたりで開けようって、さっき電話で」
「ガイシャが差出人っていうのは確かか? 誰かが、たとえば真犯人が、追求をごまかすために出したってのも考えられる」
「ああ、そういうのもありかも」
 藍音は息が苦しくなった。
「封筒に指紋がついてるかな?」
「犯人なら注意すると思うが、可能性はある。 封筒を捨てないでな」
「はい。 中を見たらすぐ知らせるから」


 携帯を切った加藤の胸は、激しく轟いていた。
 この時期に、本物の渡部邦浩が出した手紙なら、それはきっと身の危険を感じたためだろう。
 犯人の正体が中に書いてあるかもしれない。 そこまで行かなくても、犯行の動機がわかれば逮捕につながる。
 夜まで待ちきれなかった。 でも焦っていろいろ連絡すると、ボロが出るかもしれない。
──おれもぼんやりしてないで、もう一度渡部邸に行って、開かずの陳列棚の謎を解こう──
 新たな希望が見えてきた今、加藤は武者震いが起きるほど更なる元気を、藍音の電話から受け取っていた。




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 藍音は夕方の四時ちょっと過ぎに、自宅へ戻った。
 そして、母が帰宅する前にトビーの散歩を済ませ、夕食の下ごしらえを終わらせ、まだ落ち着かなかったので部屋の掃除を始めた。
 キッチンコーナーの棚を整理して、きれいに拭き上げたとき、廊下で足音が近づいてきて、トビーが自分用のクッションから嬉しそうに飛び出した。
 ついに、母が帰ってきたのだ。













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