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その84 遅れた手紙
前日に、今日は授業が三時間あると言っておいたからか、出頭してくれという電話は午前中にかかってこなかった。
だから昼休みになる頃には、藍音はだいぶ落ち着いて、加藤からの電話を胸を弾ませて待ちうけていた。
学食へ行こうと、カーブした小道を歩いているとき、呼び出し音が鳴った。 急いでジャケットのポケットから出して見ると、かけてきたのは加藤ではなく、母だった。
何ごとだろう。 藍音はすぐ出た。
「お母さん?」
すぐ母の気ぜわしい声が聞こえた。
「そう。 ちゃんとお昼食べた?」
まさか子供みたいにそれを聞くために電話したんじゃないだろうに、と思いながら、藍音は答えた。
「これから」
「あのね、変なことがあったら電話したの」
藍音はどきっとした。
「なに?」
「渡部から手紙が来た」
とたんに背筋が冷たくなった。 死人から手紙が……?
「会社で受け取ったの?」
「ちがう。 うちを出るとき、ポストに入ってる郵便物を見る時間がなかったんで、バッグに全部放り込んできたの。
で、昼休みに調べてたら、渡部からの封筒があって」
「中を開けた?」
「ううん。 なんか気持ち悪くて」
「私五時には帰れるから、お母さんが帰ったら二人で開けよう」
「そうだね。 たぶんそうしなきゃいけないと思う」
奇妙な言い方だった。 気になって、藍音は尋ね返した。
「どうして?」
「宛名がね、藍音と私の二人になってるの」
母と娘に宛てた手紙……。
実の父から最後に来た、初めての手紙。
藍音は電話を切った後、考え込んだ。 渡部邦浩さん(どうしても、さん付けで呼んでしまう)は、なぜこの時期に、わざわざ手紙を書いてよこしたのだろう。
何かを感じたからだと思えた。 不吉な、危険につながる何かを。
それが気になるあまり、前に注意しないで歩いていて、藍音はあやうく道の角にある桐の木に正面衝突しそうになった。
木の幹に手を突っ張って体を離したそのときに、また電話が鳴った。 今度こそ加藤からだった。
「あ、俺」
「よかった!」
思わず藍音は、開口一番そう言ってしまった。
「え? そんなに待っててくれた?」
冗談めかして喜ぶ加藤に、藍音は早口で告げた。
「大変なものが届いたの。 渡部さんからの手紙!」
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