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その83 やっと声が
三つ鳴ったところで、加藤の低い声がした。
「どうした?」
──誰か近くにいるんだ──
懐かしさと恋しさに圧倒されながらも、藍音は用心した。
「今はまずい?」
「いや、大丈夫」
低くても、彼の声は頼もしかった。
「会えないと寂しい。 声聞きたくて」
すがるような口調になってしまった。 するとすぐ返事が聞こえた。
「俺も。 こっちからかければよかった」
「もう聞いた? お母さんが帰ってきてね、渡部……さんが私に生前贈与してたってわかったの」
まだ聞いていなかったらしく、加藤は緊張した声音になった。
「そうなのか?」
「うん、凄い金額。 だから遺産目当てっていう動機はなくなったと思う」
「俺のほうも見つけたことがあるんだ」
そう前置きして、加藤は飾り棚の仕掛らしいものを説明した。
藍音は首をかしげた。
「どういうこと? 渡部さんはまだ何か隠してるの?」
「きっとそうだよ。 開け方がまだわからないから、はっきりしたことは言えないが」
それから加藤は力を込めて言った。
「まだ油断しないで、もう少しの間がんばれ。 たぶんもうちょっとだから」
「わかった。 お母さんが戻ってもう一人じゃないんで、だいぶ楽になったし」
「これ携帯からだろ?」
「……うん」
「もういいな。 明日は俺からかける。 何時ごろがいい?」
「ええと」
藍音は素早く考えた。 明日は授業が午前と午後の両方ある。
「お昼ごろかな」
「わかった」
それから、加藤の声がいっそう低く、愛撫するような響きを帯びた。
「めげるなよ。 俺のためにも」
「はい」
「解決したら、二人でどっか楽しいところへ行こう」
「そうだね」
「どこがいいか、考えといて。 定番でもいいからさ」
「うん、調べとく」
「じゃ、明日な」
「明日またね」
切った後、藍音は電話を握りしめて目を閉じた。 彼の声の余韻が、耳から消えないように。
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