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 その81 手強い仕掛





 翌日も、藍音はバイトを休んだ。
 警察の調べが続きそうだから仕方なかったのだが、不思議なもので、山のような大金を通帳の形で持っているとわかったとたん、勤労意欲がグッと落ちたことも手伝っていた。 やっぱりお金は魔物なんだ、と藍音は実感した。
 一方、母はもう仕事に出かけた。 長年にわたって金の誘惑に屈しなかった筋金入りだ。 藍音はこれまでと別の意味で、母を尊敬しはじめていた。
 家を出る前、寿美は娘に実際的なことを忠告していった。
「持ってくとしたら、通帳は一つで充分よ。 金額が凄いから用心しなくちゃ。 私も昨夜あらためて見て、あんなところに簡単に入れておいた自分にゾッとしたぐらいだもの」
「銀行の貸し金庫借りて、しまっとく?」
「そうね、そうしたほうがいいかも」




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 朝一番に特捜本部へ顔を出して許可をもらってから、加藤は渡部邸へ車を急がせた。
 警備の警官に挨拶して中に入ると、彼の足はまっすぐに客間へ向かった。 そして奥の飾り棚に歩み寄り、中心のガラス戸枠を丹念に観察した。
 やはり思った通りだった。 ほんの五ミリほどだが確かにずれている。 しかし予想と違ったのは、それ以上びくとも動かないことだった。
 閉めるとピタッと見事に平らになる。 力も要らない。 だから扉状に前へ開くはずなのだ。
 それから半時間ちかく、加藤は棚の周囲を調べまくった。 だが、しらみつぶしに探しても、仕掛けは発見できなかった。
 汗ばみ、唇を噛んで、加藤は身を起こした。 本部に報告すれば、大規模な捜索が行なわれて新たな隠し場が見つかるだろう。 しかし、万が一その中に、藍音に関する新たな秘密が隠されていたら……
 加藤は何としても、彼女を守りたかった。 こんな屋敷を構える大富豪の娘だったと知って、気持ちは乱れていた。 無実が証明されたとしても、果たしてこれまでのように付き合えるのか。 悩みはつきないが、好きだという気持ちは押さえられなかった。 
 悪いが、もう二、三日、新しく発見した仕掛けを本部には秘密にしておこう。
 加藤は心を決めた。 どうせ初めから秘密をかかえている身だ。 ひそかな背信が一つ増えたからって、後悔する気にはなれなかった。














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