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 その79 余計な世話





 藍音は言葉もなく母を見つめた。
 まじまじと凝視されて、寿美はいっそう居心地が悪そうになった。
「受け取ったって言い方、悪かった。 あんたの名義で預金されてるの。 正確には。
 つまり渡部が高い贈与税払って、勝手にやったわけ」
「お母さんの口座には?」
「入ってないわよ〜」
 寿美は怖いほど真剣に言い返した。
「断固断ったの。 もらう理由がない。 私が欲しくてたまらなかったのは子供。 お金じゃないの。 本音を言うと、慰謝料どころじゃなくて感謝料を払いたいぐらいよ」
「私、けっこう頑固だったじゃない?」
「うん」
「喧嘩だって凄いときあったし」
「うん」
「そんな子でもよかった? 粗大ゴミに出したいって思ったこともあったでしょ?」
 とうとう寿美は笑い出した。
「ごくたまにね。 でも反抗期はあって当然だと思ってたから。 ないとかえって大人になって冷たくなるらしいよ」
「そうなの?」
「そうらしい。 ともかく、慰謝料なんて要らないと言ったら、その分もあんたのほうに入れちゃったの。 困ったときに私が使うと思ったみたいで」
 藍音は大きく息をした。
「でも使わなかった。 凄いね」
「そう?」
 寿美は真面目に驚いた。
「そうじゃない? よく聞くよ。 親が子供のお年玉を使い込んじゃうって」
「お年玉って…… ケタが違うでしょう」
 それから寿美は、淡く微笑んだ。
「あんたに大変なことが起きたら、たとえば交通事故に巻き込まれるとか、そんなことになったら使ったかもしれない。 でも幸い、藍音は丈夫で、大きな怪我ひとつしなかったから」


 そう言った後、寿美は食卓から立ち上がり、貴重品を入れている手提げ金庫を出してきた。
「あんたが就職して、そう、好きな人を見つけて一緒になるときに、打ち明けて渡そうと決めていたの。
 順番は逆になったけど、白状しちゃったから、早めに肩の荷を下ろすわ」
 それは、箱の一番奥に、無骨な事務用封筒に収まって入っていた。
 そのまま渡されて、藍音は戸惑った。
「これ……」
「開けて確かめないと駄目よ。 自分のものなんだから」
 妙に気が重かった。 ずしっとした封筒を持つと、なんだか胸がどきどきしてきた。
 いっそ思い切って、一気にテーブルの上に中身を落とした。 立派な印鑑が三個、通帳が五冊も入っている上に、何かの証書もあった。
 まずその証書を広げてみて、藍音は呻いた。
「やだ、生命保険じゃない」














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