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その78 血の繋がり
母は丼を置いてティッシュで口を押さえ、ついでに目も素早く拭いた。
「次の日にはすごく後悔した。 その後一回だけ渡部から電話があったけど、もう会えないと断ったら、それっきりになった。
しばらくしてあなたができたってわかったとき、めちゃくちゃ嬉しくて、渡部とのことは考えなかったの。 藤咲の子だと頭から思い込んでた。 藤咲も大喜びでね。 生まれる前からいろんな赤ちゃん用品を買って、部屋がいっぱいになるくらいで」
「お父さん可愛がってくれたもんね」
改めて、藍音は胸が痛んだ。 だが、もう父に裏切られたとは思わなかった。 ようやく生まれた自分の子だと信じて、大切にしてくれたのに、実は一夜の浮気の結果だとわかれば、衝撃を受けるのは当然だ。
お父さんも可哀相だったんだ、と藍音はしみじみ考えた。
それから母の声が小さくなった。
「血液検査でわかったのよ。 気絶しそうになった。 だってたった一度のことで……。
どうしても藤咲に話せなかった。 卑怯だけど、一生わからないでいられればと思った。
なのに、彼より渡部のほうが先に気付いてしまったの。 藍音の小学校で運動会やったとき、来賓で来てて」
藍音が目を走らせた母の横顔は、その日のショックを思い出して青くなっていた。
「妹さんの小さいときに似てる、と思ったんだって。 血のつながりって、なんか怖いものがある。 一目でピンと来ちゃうんだもの」
「それで、大おじさん登場ってことになったんだ」
藍音の呟きに、母は力なく首を縦に振った。
「覚えてたのね。 そうなの。 たった一人の子供だから逢いたいって言われて、断りきれなかった」
苦い溜息が、後に続いた。
「それがいけなかったの。 奥さんが公園で男の人に会ってますよ、と藤咲に告げ口した人がいて、ずっと浮気してたって疑われちゃった」
そして泥沼の別居劇が続き、母と娘は宙ぶらりんのまま、こっちへ残された。
離婚しないというのは、父の仕返しだったのだろうか。
「お母さんは渡部さんに助け求めなかったんだね?」
テーブルに頬杖をついて、寿美は小さく首をこっくりさせた。
「彼はまだ現役の社長だった。 スキャンダルに巻き込みたくなかったし、正直に言ってダンナにしたいと思うほど好きじゃなかった」
「助けてもらって楽しようと思わなかった?」
寿美は掌から顔を上げた。 苦笑がふっくらした頬をかすめた。
「ちょっと考えたよ、たまには。 でもね、ヒモつきじゃなくて私の手で育てるほうがいいと思ったの。 渡部は腕のいい実業家だけど、いろんなことを金で解決しようとするタイプでね、あんたにもおもちゃやドレスなんかを山のように買おうとして、止めるのが大変だった。 物で甘やかそうとしてた」
これには藍音も笑い出した。
「私、アニメに出てくるような我がまま姫になるとこだったんだ!」
「うん、そうなりそうだった」
短い笑いが消えた後、寿美は居心地悪そうに体を動かして、まばたきした。
「実は」
「なに?」
「お金、受け取ってる」
藍音はぎくっとなった。
「受け取ってる?」
「そう。 渡部は彼なりに、あんたの将来を真剣に考えてた。 養育費と教育費だって言って、相当な金額を振り込まれてるの。 あんた名義の口座にね」
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