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 その76 手がかりか





 その頃、加藤も三日ぶりに府中市の自宅に戻っていた。 事件の初期段階では特別捜査本部に泊まり込むのが常だが、今日の任務は終わったし家が近いので、許可を取って帰ってきたのだ。
 彼は一人になりたかった。 もう晩飯は済ませたと親には言って、入浴もそこそこに自室に上がった。 そして、帰りに買ったチキン南蛮弁当を開き、同時に取り出した携帯で被害者宅の映像を探した。
 ゆっくり食事を口に運びながら、加藤は写真を拡大して眺め、いろんな角度から比較検討した。 細かく見つめているうちに目がちかちかして、うるんできたが、それでもがんばって調べ続けた。


 とっくに食べ終わり、目も耐えられないほど痛み出して、気分転換にビールでも一杯やるか、と立ち上がりかけたとき、それは訪れた。
 ほんのかすかな違い、わずかなずれだった。 部屋の突き当たりを占領している大きな作り付けの飾り棚。 立派な無垢材でしっかり嵌めこまれているはずなのに、その中央に細い影が出ていた。
 毛筋ほどの色の違いだった。 だがその影は写真の一枚だけでなく、似た角度で撮った三枚で認められた。
 ここに何かある。 加藤は直感した。
 瞬く間に嬉しさと興奮がこみあげてきて、彼は疲れを忘れた。 今すぐにでもあの客間に飛んでいきたい。 あの立派で重そうな飾り棚が動くということを、この目で確認したい!
 だがもう夜半近くだ。 無理だとわかっていた。
 だから更にしばらく、写真を調べた。 それからベッドに寝転がって天井に目をやり、考えた。
 被害者の渡部邦浩は、なぜこんなに秘密主義なのか。 床下の金庫、飾り棚のおそらく隠し場所。 子供時代から物静かで孤独を好む性格だったと家族に聞いてはいたが、これでは用心深さを通り越して、何か後ろ暗い秘密を持っていたのではないかとさえ思えた。
 金庫には入っていなかったその秘密が、棚の向こうに押しこめられているかもしれない。 そう思うと、興奮が高まって動悸が大きくなった。



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 アパートの階段を黙って上る母子の足は重かった。
 戸口で藍音が鍵を開けようとしていると、隣の葦村〔あしむら〕夫人が子供と一緒に通りかかって、挨拶をしていった。
「こんばんは。 あら旅行からお帰り? 楽しかったです?」
 うつむいたままの藍音とは対照的に、寿美はすぐ振り向き、明るすぎるほどの笑顔を作って答えた。
「ええ、もうすごく楽しかったですよ〜」












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