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 その67 確証がない





「今日の調べは栗田さんが担当するんだってよ」
 早めに出署した加藤に、警察学校同期の森が耳打ちしてきた。
 加藤は頬が痙攣しそうになって、下を向いた。 栗田といえば、きつい性格で有名だ。 のらりくらりの山村とは対照的な人物を使って、藍音を揺さぶろうというのだろう。
 辛い思いを押さえながら、加藤はできるだけ軽い口調で、まだ詳しく知らされていない捜査情報があるか、森に確かめてみた。
「なあ、自供はともかく、なんで逮捕に踏み切らないんだ?」
 森は眉をひょいと上げ、少し考えた。
「物証が足りないんじゃねーの? 髪の毛だけじゃ、いつ来たかわからない。 もっと前に訪ねてきたときに、落ちたかもしれないだろ?」
「指紋は出なかったって?」
「ああ。 全部きれいに拭かれてて、玄関ノブなんかツルツル。 最後に来たヘルパーさんのしかついてなかったらしい」
「ガイシャの指紋さえ無しか」
「そういうこと」
「ホシがガイシャに触れた形跡は? 死んでるかどうか確かめるだろう、ふつう?」
 社交的で事情通の森は、その質問にも答えてくれた。
「服装に乱れはなかったらしいし、体に痕はない。 持ち物にも触ってない。
 動かなくなったから、死んだと判断したんじゃないか? 家ん中を拭きまくってから戻ってきて、確認したとか」
「じっくり時間かけたんだな。 夜には誰も来ないのを知ってたってことか」
 たぶん計画的だ。 カッとなって犯した犯罪じゃない。
 恨みか、物取り。 加藤は犯人の動機がその二つのうちの一つだと感じた。


 その後、珍しく朝に捜査会議があって、森の情報は裏付けられた。
 加藤は元宮と共に、改めてヘルパーの三国弓恵に会いに行って、藍音の姿を見かけたことがないか確かめることになった。
 森と相棒は、藍音の日常生活を詳しく探る任務についた。 加藤の心の奥に、不安がうごめいた。 藍音とは早朝に会っていたため、交際を誰にも見られていないと信じているが、もしかすると駅前の料理店で、知人に目撃されていた可能性がある。




 加藤が署を出ていくとき、藍音が入り口から歩いて入っていく後姿が、ちらりと見えた。 出頭を要請されたのだ。
 どうしても目が離せなくて見つめていると、隣で車のドアを開けながら、元宮がぽつりと言った。
「感じのいい子だよな。 正直言って、あの子じゃないといいと思うよ」











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