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その66 疲れた二人
被害者宅に入っていく姿が見られていないというのは、逆にいえば誰かが忍び込んでも、わかりにくいということだ。
藍音には犯行の大きな動機も機会もある。 警察が彼女を真っ先に疑うのは、当然なのだ。
加藤にだって、それはよくわかっていた。 だが、彼らは藍音の性格を知らない。 行きどころのない犬を引き取って、毎日早起きして散歩に連れて行く人間が、たとえどんなにカッとなっても、実の父を殴るか?
ありえない。 百パーセントないと、加藤は言い切れた。 だから、犯人は他の人間だ。
テーブルに肘をついて、加藤は額をこすった。 今のところ、捜査員の狙いは藍音に集中している。 しかし普通に考えて、殺すほどの勢いで殴りかかるのは男だ。
藍音と同じぐらいの身長の、小柄な男。 年配かもしれない。 体力があり、切れやすい人間── 泥棒の居直りという可能性もある。
金を取っていないからといって、盗みでないとは限らない。 ガイシャは大富豪だ。 盗まれなかったという財布の中身より、はるかに値打ちのある書画骨董品を持っていたんじゃないか?
現場百回、と、加藤は声なく呟いた。 警察官の最重要心得だ。 犯行現場に行こう。 そしてどんなに小さなことでも見つけて、手がかりを追おう。
冷凍食品で寂しい食事をすませた後、待ちかねていたトビーにも、いつもの缶詰と副食を与えて、藍音はひっそりと夜の散歩に連れ出した。
近所の人は、藍音が呼び出されたことに誰も気付いていないようだ。 それでも背中がすぼまるような思いで、藍音は早足で薄暗い道を歩き、いつもより少し短めに戻ってきた。
いかにも疲れている様子の藍音に気を遣ったのだろう。 トビーは文句を言わずに先に立って部屋に戻り、夜にはいつものように藍音の布団の足元に乗るのではなく、枕の傍に丸まって、守る態勢を取って寝た。
翌日のバイトは、九時に行けばいい遅番だった。
例によって早起きした藍音は、バイトを断ったほうがいいか、しばらく迷っていた。 加藤によれば、きっと今日も呼び出されるという。 働いているところへやって来られたら、たいへん困る。
重い心を抱えて、藍音は電話を手に取り、バイト先の番号を探した。
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