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 その64 打ち合わせ





「ずっと会ってなかったんだ?」
 加藤は念を押した。 すると藍音は体をまっすぐ起こし、目を強く怒らせて、全身でうなずいた。
「忘れてた、とっくに! さっきの刑事さんにいろいろ言われて、ぼんやり思い出したの」
 加藤は必死だった。
「アリバイはない? 四月二十九日の夕方から深夜まで」
「さっきも詳しく訊かれたけど」
 藍音の声から力が失せた。
「アルバイト先からまっすぐ家に帰ったの。 友達や知ってる人には会わなかったし、帰宅した後はずっと家にいたんだけど、母は仕事で帰りが遅かったから、証明してくれる人は誰もいない」
「ついてないな」
 本当にその通りだ。 二人は同時にそう思った。
 車はアパートのある通りへ、最後の角を曲がった。 一方通行の道を注意して進みながら、加藤は背後の恋人に語りかけた。
「藍音のことは、まだ上官に報告してない」
 藍音の視線が彼の首筋を見つめているのが感じ取れた。 加藤は彼女の緊張を感じつつ、次の言葉を口にした。
「だから、おれと知り合いだってことは黙っててくれ」
 わずかな間を置いて、藍音は諦めたように答えた。
「わかってる」
「いや、わかってない!」
 思わず加藤の声が激した。
「おれは藍音を見捨てたんじゃない。 その逆だ! おれは他の誰より藍音を知ってる。 何があったって、藍音の言うほうを信じる!」


 藍音はひっそりと息を吸い込んだ。
 不意に鼻の奥がツンと痛くなってきて、つんのめるような勢いで言った。
「警察にいられなくなるよ〜」
「構うか、そんなの!」
 怒りが加藤の背中ににじみ出ていた。
「でも、今辞めるわけにはいかない。 本部にいて、じかに捜査したい。 藍音の無実を、どんなことしても証明しなきゃ」
 そこで加藤は苦い唾を飲み下した。
「警察官は、家族や恋人の捜査には参加できないんだ。 かならず外される。 だからそうならないように、知らん顔しててくれ。 やれるか?」
 ついに藍音は鼻声になった。
「うん。 でも、すごく心細い」
 できるだけゆっくり徐行して走らせたが、とうとうアパートの前に着いてしまった。 しかたなくブレーキをかけた後、加藤は早口で言った。
「メールで連絡取ろう。 すぐ消せばいいから」
 参考人から本格的に容疑者となったら、携帯電話も調べられる。 危険な賭けだったが、加藤は黙っていた。











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