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表紙

 その63 余計な世話





 加藤はグッと奥歯を噛みしめた。
 その母親がいいかげんなことをしたせいで、藍音は訳もわからずに殺人事件へ巻き込まれてしまったのだ。 怒り、恨んで当然なはずなのに、この期に及んでも、彼女は母の幸せな休暇を願っている。
 まったく、お人好しすぎて涙が出る!
 だが、そんな藍音の優しさを愛しいと思うのも、加藤の本心だった。
「一人で頑張り通すつもりだったの? 今日は帰されたけど、明日も参考人としての調べは続くよ」
「まだ参考人のまま? 犯人にされるんじゃない?」
 あきらめたように、藍音は艶のない声で訊き返した。
 加藤は一瞬迷ったが、吹っ切って答えてしまった。
「逮捕に踏み切るほどの証拠はないんだ。 藍音が現場にいたっていう目撃者はないし、実は凶器もない」
 凶器、と呟いて、藍音は一瞬きつく目をつぶった。
 ここまでしゃべって、加藤は度胸が据わった。 被疑者に捜査状況を教えるのは完全な背信行為だ。 でも加藤は確信していた。 藍音は犯人じゃない。 この世が引っくり返っても、ありえない!
「じゃ、なぜ私が呼ばれたの?」
 誰もが知りたいことを訊かれて、加藤はためらいなく答えた。
「髪の毛が落ちてた」
 藍音の顔に、あっけに取られた表情が広がった。
「えっ? うそ!」
「ほんとだよ。 分析したら、被害者に非常に近い血縁者という結果が出て、その後で遺言書が見つかったんだ」
「遺言書?」
 まだ知らされていない。
 加藤は内心、しまったと思った。
「藍音にも遺産を遺すという正式な書類。 隠し金庫に入ってた」


 二人の車は府中市に入った。 藍音はなじんだ道筋に気付かず、なんともいえない険悪な表情を浮かべて、背もたれに体重を預けた。
「なんでそんなことするの……」
 思わず漏れた独り言なので、加藤は黙っていた。 すると藍音の声は荒れてきた。
「嘘ついてこそこそ会いに来て、勝手に来なくなって。 気が咎めるからお金を遺すって? 誰がそんなこと頼んだのよ!」












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