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表紙

 その62 おじの思惑





 加藤の意識は九割かた後部座席に引きつけられて、運転に使う注意力を掻き集めるのが大変だった。
 できたら藍音を助手席に乗せたい。 だが背後を追尾している同僚たちに見られたら、大変なことになる。
 歯がゆくて、加藤は下から火にあぶられているようにじりじりしてきた。
「大おじさん? お父さんのほうの?」
「ちがう。 母方のおじいさんの弟。 近くに住んでるってことで、よく公園で遊んでくれたの」
「お宅にも来た?」
 答えようとして、藍音はハッと顔を上げた。 バックミラーの加藤と、視線が合った。
「そういえば……うちでは会ったことがない」
 晴れた日には公園で遊んだ。 パーラーに連れていってもらって、上等なアイスクリーム・パフェをご馳走になった記憶もある。
 だが、『大おじさん』が子供時代に住んでいた藍音の自宅に入ってきた覚えは、一度もなかった。
 当たり前だ。 彼が母の秘密の恋人なら。
 胃が鈍く痛んできて、藍音は顔をしかめて胸の下をさすった。
「おじさんと呼んでたの。 まだ四つぐらいだったから、名前を聞こうとも思わなかった」
「大人の名前なんかに興味ないよな」
「うん……」
「で、四つのときに会っただけ?」
「そう、たぶん春から、夏まで。 公園に桜が咲いてたのと、一回だけ海に行ったのを覚えてる」
 そうだ、船に乗ったんだ。 海面を切る白いしぶきが脳裏にひらめいた。
 おそらく大型のクルーザーだ。 あんな船を持っているとしたら、相当な金持ちだ。
 徐々に記憶がよみがえってくるにつれ、藍音はいっそう惨めな気持ちになった。
「それから、ぴたっと来なくなった。 初めは寂しかったけど、幼稚園に入ったから、そのうち忘れた」
 交差点の信号が赤になった。 ブレーキをかけると、加藤は訊きにくそうに尋ねた。
「その年に、ご両親は別れたの?」
「ううん。 私が小学校に入った後。 三年生の三学期」
 四年間はバレなかったわけだ。 うまく隠していたのに、いったい何があったんだろう。
 加藤は首を振って、藍音と母の休暇予定を思い出そうとした。
「お母さんに事情を聞きたいけど、まだグアムだよね」
 藍音は肩を落とした。
「そう。 帰ってくるのは明日の夜」
 それから、せっぱつまった声で言った。
「帰国するまで知らせなくていいよね? ほんとに久しぶりのまとまった休みで、楽しんでると思うから」












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