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表紙

 その61 互いの告白





 そうか、前もって心の準備ができてたんだ── 藍音が彼を見てパニックを起こさなかった原因を知り、加藤はいくらか胸を撫で下ろした。
 日の長い時期だが、さすがに七時を大きく過ぎると空はたそがれ、街はどんどん人工照明に切り替わっていた。 勤め人たちの帰宅時間帯に入りかけていて、道路は車で一杯になっている。 渋滞一歩手前の道を、加藤は慣れたハンドルさばきでなめらかに通過した。


 しばらく藍音をそっとしておいて気持ちを落ち着かせた後、郵便局の角を曲がったところで、彼は頭の中で考えていた話のきっかけを、慎重に探った。
「俺さ、今日は藍音とのデートのことばっかり考えてたから、早めにフケちゃって、何も知らなかったんだ。 俺のいない半日で、急な展開があったようだけど」
 藍音は、ゆっくりと片手を喉元に持っていった。 ひそめた声が、そっと尋ねた。
「捜査の担当なの?」
 やりきれない思いで、加藤はうなずいた。
「M署に勤務してる。 二年ちょっと前から」
 それから、思い切って付け加えた。
「最初に犯行現場に行ったの、俺なんだ」

 藍音の手が首筋を伝い上がって、口を押さえた。
「じゃ、被害にあった人の……」
「うん、見た」
「その人の名前、言ってくれる? さっき聞いたんだけど、かっとなってて覚えられなくて」
 途方にくれた頼りなげな問いに、加藤は胸の奥が締め付けられた。
「渡部邦浩さん」
「そうだ、渡部さんだった」
 藍音は前かがみになって、運転席の背もたれに額をつけた。
「信じらんない。 もうぼろぼろ。 だって、身に覚えとか全然ないのよ。
 最初はびっくりして、ただ怒ってた。 出かけようとしてるときに、不意に入ってきて、強引に連れていくんだもの」
「うん」
 カーブを曲がろうとしてつい力が入り、車が急角度になった。
 座席に投げ出されそうになっても、話し出して勢いがついた藍音は、言葉を切らなかった。
「ぜんぜん覚えのない名前だったの。 だから自信持って、関係ないって言い通してた。
 でも、渡部さんという人の写真見て、おでこに三つのホクロがあって」
「知ってる人だった?」
 息を呑むようにして加藤が訊くと、藍音は素直に肯定した。
「そう。 小さいとき、大おじさんだと思ってた人だったの」














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