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表紙

 その57 違和感あり





 きれいにすすいだ花瓶を持って廊下を通りかかる笠井を、刑事部屋から覗いた一人が呼び止めた。
「なあ、どんな具合?」
 笠井は足を止めて、空いている片手で耳を掻き、複雑な顔になった。
「どうもちょっと、妙な感じなんですよね」
「妙な感じって? 黙秘しちゃったの?」
「いや」
 花瓶を持ち替えながら、笠井は本音を漏らした。
「質問と答えがずれてるというか」
「バックレるのがうまい?」
「じゃなくて、隙だらけって印象なんですよ」
 話しながら、次第に笠井は首をかしげた姿勢になっていた。
「あれが演技なら凄すぎ。 ショックで吐いちゃうんだから」
 そう言って、洗ってきた花瓶を前に突き出してみせると、 部屋の中から中年の刑事が大声で言った。
「ヒステリーの女を尋問したことないだろ。 言うことはコロコロ変わるし、突然泣き出してすがってくるし、最初は圧倒されるぞ」
「ヒステリーじゃないと思うんですけどね」
 笠井は納得しかねていた。
「話の筋は通ってるんです」
「通ってないだろ?」
 相手はじれったそうに返してきた。
「現場に行ってないって言い張ってるんだろう、まだ?」
「はい」
「毛髪っていうブツがあるのに、よく言うよな」
 そう言われると弁護できない。 笠井は不承不承うなずいて、花瓶を手にぶらさげ、取り調べ用に使っている会議室へと歩いていった。
 机の端に腰掛けていた元宮は、書類をトレイに放って、加藤に言った。
「そろそろ尋問の交代かな。 ふんづまってるなら、山村さんも少し休みたいだろう」
「ちょっと外から様子見てきます」
 加藤は好奇心もあって、身軽に笠井の後を追った。 すっぽかされた痛みが胸をじりじり痛めつけていて、同じ年頃の容疑者に何の同情も持てなかった。
 女なんて信用できない。 特に最近のは。 少し綺麗だとちやほやされて舞い上がって、男との約束なんて覚えてもいないんだ。 くそっ!


 重要参考人として呼ばれていて、まだ容疑者ではないので、彼女は山村たちと、開放的な会議室にいた。
 部屋には二つドアがある。 加藤は後ろ側の扉をそっと開いて、山村の反応を見ようとした。
 その目が、彼と向かい合っている被疑者の背中に止まった。
 とたんに、視線が釘付けになった。











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